解 説

 

2022年度SMC高田賞受賞について*

 

土方 聖二**

 

* 2023616日原稿受付

**日立建機株式会社,〒300-0013茨城県土浦市神立町650

 


1.はじめに

この度は名誉あるSMC高田賞を賜り,誠に光栄である.受賞論文は「Design Guideline and Investigation of Accumulator Parameters for a Novel Hybrid Architecture」であり,本論文の共著者である芝浦工業大学教授の伊藤和寿教授,アーヘン工科大学Hubertus Murrenhoff教授をはじめ,本研究にご協力いただいた関係者の皆様に心より感謝申し上げる.本稿では受賞論文の研究について,その背景や概要を紹介させていただく.

2.研究背景

 近年油圧ショベルの効率を改善するためにさまざまな油圧回路が考案されている1-3).もっとも一般的な油圧システムのひとつであるオープンセンタシステムでは,一つのポンプから複数のアクチュエータに圧油を送るときに分流による損失が発生する可能性がある.そこで1つのアクチュエータを1つのポンプで駆動し,絞り損失の低減を図った3ポンプオープンセンタシステムが製品化されている4).しかしながら,エンジンの負荷は動作や外力によって変動するため,エンジンを常に効率良く運転することができないという課題があった.

一方,ドイツのアーヘン工科大学からは,2つのアキュムレータを用いたSTEAMと呼ばれるコンスタントプレッシャーシステムが提案されている.このシステムは,アキュムレータでアクチュエータを駆動することにより,ポンプはアキュムレータをチャージすることだけに使うことができ,エンジンを一定負荷で駆動することができる.よって,エンジンを最高効率点で駆動でき,さらにアキュムレータによりアクチュエータのエネルギーも回生できるため,大幅な効率改善が見込める5), 6).しかし,2つのアキュムレータとアクチュエータを繋ぐために非常に多くのバルブが必要であり,またアキュムレータとアクチュエータ間の圧力差により油圧効率がオープンセンタシステムと比べ低くなる傾向があった.そこで著者は,特徴の異なるオープンセンタシステムとコンスタントプレッシャーシステムのメリットを組み合わせ,デメリットを抑えた新油圧ハイブリッドシステムを提案し,過去の論文で水平引き動作について検討した7-9).本論文では,油圧ショベルの代表的な動作である砂利積み動作についても検討し,新油圧ハイブリッドシステムの設計指針を示し,さらにシミュレーションにより燃費低減効果について検証した.また,アキュムレータのパラメータが燃費低減効果とイニシャルコストに大きな影響を与えることから,アキュムレータの容量とセット圧についても検討した.

3.新油圧ハイブリッドシステムの設計指針と油圧回路の構築

新油圧ハイブリッドシステムは3つのコンセプトから成り立っている.1つは,オープンセンタシステムをベースとして必要最低限のコンスタントプレッシャーシステムを組み合わせることにより,バルブの増加を抑えシンプルな油圧回路構成を実現している.2つ目は,ブームと旋回のエネルギーをそれぞれ圧力の異なる2つのアキュムレータで回生している.3つ目は,エンジンを低回転で運転することによりエンジンを効率の良い領域で駆動する.なお,エンジン回転数の低下により不足する流量はアキュムレータで補うことができる.

新油圧ハイブリッドシステムの設計指針を説明するために,油圧ショベルのアクチュエータの負荷圧と流量の定義を図1に示す.横軸はアクチュエータの流量,縦軸はアクチュエータの負荷圧を示している.ここで,FLはシリンダ推力,vはシリンダ速度である.またPBPRABARa はそれぞれシリンダボトム圧,シリンダロッド圧,シリンダボトム面積,シリンダロッド面積,アクチュエータ面積比(AR/AB)である.図1より,第1および第3象限ではシリンダの動作方向に対してシリンダは逆方向の力を受け,第2,第4象限ではシリンダの動作方向と受ける力の向きが同じとなる.したがって,第1,第3象限では負荷に逆らってシリンダを動作させる駆動の状態を示し,第2,第4象限ではシリンダから排出されるエネルギーを回生できる,回生の状態を示している.

新油圧ハイブリッドシステムは,STEAMで用いられているコンスタントプレッシャーシステムを組み合わせている.そこで,図2にSTEAMの基本的なコンスタントプレッシャーシステムの構成を示す.図2より,ピストンのボトム側とロッド側はそれぞれ3つの圧力ラインと接続されている.3つのラインは高圧のアキュムレータであるHigh pressureHP),中圧のアキュムレータであるMiddle pressureMP),タンクとつながるTank pressureTP)から構成されている.シリンダのボトム側とロッド側に繋がる圧力をバルブで切り換えることにより,シリンダに作用する推力を複数生成することができる.バルブを切り換えることにより,生成された圧力ラインの特性を図3に示す.図3は,圧力ラインの特性を図1で示した負荷圧と流量の4象限にプロットしたものである.たとえばMP/HPはボトム側をMP,ロッド側をHPに繋げていることを示している.アクチュエータ負荷圧に応じてシリンダへの接続ラインを適切に選択することにより,絞り損失を最小化することができる.

新油圧ハイブリッドシステムではアクチュエータをアキュムレータで駆動するだけではなく,ポンプで直接アクチュエータを駆動することにより圧力損失を低減している.ポンプで直接駆動する領域は主に3つある.1つ目は高圧領域,2つ目は低圧領域,3つ目は高出力領域であり,それぞれ図3の赤い色の領域となる.このように,ポンプで駆動する領域を明確にすることにより,アキュムレータで駆動する際の圧力損失を低減することができ,さらに高出力領域はポンプで直接駆動しても,エンジンを高いトルクで使えエンジンを効率の良い領域で運転することができる.

 上記で示した,図3の設計指針と砂利積み動作のデータを用いて新油圧ハイブリッドシステムの油圧回路を構築した.具体的には,砂利積み動作のデータをアクチュエータ毎に負荷圧と流量の頻度分布として表し,図3の設計指針と重ね合わせアキュムレータで駆動する領域とポンプで駆動する領域を明確化した.砂利積み動作のデータを分析した結果を図4に示す.最も頻度が高い領域を1として黄色で表し,頻度が低い領域は相対的に1より小さくなるように示している.図4の分析結果より,頻度が高く赤い色と重なる領域はポンプで駆動できるように油圧回路を構成し,頻度が低い,または頻度が高くても赤色の領域と重ならない箇所はアキュムレータだけで駆動するように油圧回路を構成し簡素化を図った.

 図4の分析結果に基づいて構築した新油圧ハイブリッドシステムの油圧回路図を図5に示す.構築した油圧回路をシミュレーションでモデル化しシステム効率とアキュムレータのパラメータについて検証した

4.シミュレーションによる検証

 図6に,シミュレーションにより解析した砂利積み動作におけるエネルギーフロー図を示す.図6(a)が従来の3ポンプオープンセンタシステム,図6(b)が新油圧ハイブリッドシステムを示し,それぞれ軽油の熱エネルギーの内,どれだけのエネルギーがアクチュエータに使われたかを示している.3ポンプオープンセンタシステムでは11.1%のエネルギーがアクチュエータに使われ,新油圧ハイブリッドシステムでは14.6%のエネルギーをアクチュエータで使用できていることから,24%の燃費低減効果の可能性を確認することができた.燃費低減の要因としては,エンジンを低回転数で使用しエンジンを効率良く使えていること,さらにブームと旋回のエネルギーを回生していることが挙げられる.

図7にはアキュムレータのパラメータを変化させたときの燃費改善効果を示している.それぞれ横軸がセット圧,縦軸が燃費改善効果,各プロットはアキュムレータの体積を変化させた場合の影響を示している.図7(a)はMPアキュムレータについてのシミュレーション結果であり,アキュムレータのセット圧は低い方が,燃費改善効果が大きいことが分かる.これはセット圧を高くしてしまうと,アキュムレータ圧とアクチュエータ圧に大きな差が生じ絞り損失が大きくなってしまうためである.またアキュムレータ容量が小さい方が,僅かに改善効果が大きくなる.この理由としては,アキュムレータ容量が小さい方がアキュムレータの圧力変動が大きくなり,アキュムレータ圧がアクチュエータ圧に近づき圧力損失が低減するためである.

図7(b)はHPアキュムレータについてのシミュレーション結果である.HPアキュムレータはパラメータを変更しても大きく燃費は変化しなかった.その理由としては,HPアキュムレータは旋回エネルギーを回生しているが,旋回時に回生できるエネルギーはそれほど大きくないためシステム全体へ与える影響が小さいためだと考えられる.

5.おわりに

本稿では,新油圧ハイブリッドシステムの油圧回路を構築するための設計指針と,構築した油圧回路のシミュレーション結果を紹介し,受賞論文の概要について述べた.シミュレーションによる検証の結果,新油圧ハイブリッドシステムは,3ポンプオープンセンタシステムに対して24%燃費を低減できる可能性があることを示した.さらに,アキュムレータのパラメータを変化させたときの燃費改善効果をシミュレーションで検証し,MPアキュムレータに関しては容量とセット圧をなるべく小さくすることにより,燃費低減効果が大きくなることが分かった.

参考文献

1) Siebert, J., Geimer, M.: Reduction of System Inherent Pressure Losses at Pressure Compensators of Hydraulic Load Sensing Systems, 10th International Fluid Power Conference (10. IFK), Dresden, Germany (2016)

2) Dengler, P., Geimer, M., Baum, H., Schuster, G., Wessing, C.: Efficiency Improvement of a Constant Pressure System Using an Intermediate Pressure Line, 8th International Fluid Power Conference (8. IFK), Dresden, Germany (2012)

3)  Pöttker, A.: Mechanic- hydraulic co-simulation on mining excavators, 5th International Fluid Power Conference (5. IFK), Aachen, Germany (2006)

4) Nakamura, T., Nakamura, K., Okano, Y., Ishikawa, K., Sato, K., Azuma, H., Kanehama, M., Kajita, Y.: Hydraulic Device for Working Machine, Japan Patent, WO 2012/157705 A1, JP 2012-201803A (2012)

5) Vukovic, M., Murrenhoff, H.: STEAM – A Mobile Hydraulic System with Engine Integration, ASME/BATH 2013 Symposium on Fluid Power & Moyion Control, Sarasota, Florida, USA, DOI: 10.1115/FPMC2013-4408 (2013)

6) Vukovic, M., Leifeld, R., Murrenhoff, H.: STEAM – a hydraulic hybrid architecture for excavators, 10th International Fluid Power Conference (10. IFK), Dresden, Germany (2016)

7) Hijikata, S., Weishaar, P., Sugimura, K., Schmitz, K., Murrenhoff, H.: A hydraulic hybrid architecture combining an open center with a constant pressure system for excavators, 11th International Fluid Power Conference (11. IFK), Aachen, Germany (2018)

8) Hijikata, S., Weishaar, P., Leifeld, R., Schmitz, K.: Experimental evaluation of system efficiency for a hydraulic hybrid architecture of excavators, MM science journal, DOI:10.17973/MMSJ.2018_10_201831 (2018)

9) Hijikata, S., Ito, K., Murrenhoff, H.: Investigation of Accumulator Parameters for a Novel Hybrid Architecture, J. Robot. and Mechatronics, Vol. 32 No. 5, PP. 876-884, DOI: 10.20965/jrm. 2020. P0876 (2020)

 

著者紹介

土方聖二

ひじかたせいじ

土方聖二 君

2008年日立建機株式会社入社,現在に至る,油圧システムの研究開発に従事.日本フルードパワーシステム学会の会員.

E-mail: s.hijikata.un@hitachi-kenki.com

 

 



図1 負荷圧と流量の定義

図2 コンスタントプレッシャーシステム

 


図3 新油圧ハイブリッドシステムの設計指針

 

(a)ブーム(b)アーム 
(c)バケット(d)旋回
図4 砂利積み動作のデータ解析

 


図5 新油圧ハイブリッドシステムの油圧回路

 


(a) 3ポンプのオープンセンタシステム

(b) 新油圧ハイブリッドシステム
図6 エネルギーフロー図

 


(a) MPアキュムレータ

(b) HPアキュムレータ
図7 アキュムレータパラメータと燃費改善効果