1.はじめに
この度,名誉員を拝命したことは大変ありがたく,これまで長い間お世話になった皆様に心から感謝申し上げる.今回,緑陰特集に執筆の機会をいただき,これまでの学会活動と研究活動を振り返ってみた.緑陰特集と言えば,ちょうど20年前の2003年(平成15年)8月に,学会創設30周年記念行事の一環として緑陰特集の電子出版第1号が発行されている.当時私は藤田壽憲先生,吉田和弘先生と一緒に会誌検討ワーキンググループで電子出版の形態について検討し,巻頭言で電子出版緑陰特集号の考え方を纏めていたことが懐かしく思い出される1).
2.学会活動
私がフルードパワーシステム学会(当時は油空圧学会)と深く係ることになったのは,1990年に助教授として東北大学流体科学研究所に着任したときである.当時,私が所属した流動場制御研究部門は元本学会会長の林叡教授,飯村ケ郎助手がおられ,油圧制御系の安定性が研究室の主な研究テーマであった.学会活動としては,2000年から6年間学会の理事として,主に編集委員会で活動した.上にも述べたように,2003年の緑陰特集の電子出版は懐かしい思い出である.また2008年と2014年にも理事として活動した.2013年の学会創設40周年記念事業では,油圧・空気圧・機能性流体の書籍3分冊の出版企画の準備を担当した.林 叡先生が委員長を務められた1999年の横浜での第4回JFPS国際シンポジウムと武藤高義先生が委員長を務められた2002年の奈良での第5回国際シンポジウムの運営に関わったことは懐かしい思い出であり,また今から思うと大変勉強にもなった.
3.研究活動
私が油空圧に初めて接したのは,1977年,テーパ管路系の動特性に関する実験を名古屋大学工学部機械工学第二学科の卒業研究で行った時である.当時岐阜大学の助教授だった武藤高義先生にご指導いただいた.その後修士研究以降は旋回流の安定性に関する研究を行うことになり,しばらく油圧から離れることになった.1980年に機械制御研究室の助手になってノズルフラッパや油圧サーボ系の動特性などの油圧に係わる学生実験を担当したが,当時はまだ油空圧学会との係わりはなかった.上でも述べたように,1990年に助教授として東北大学流体科学研究所の流動場制御研究部門に移動してから,私は油空圧学会と深く係ることになった.東北大学着任前に1年半米国のカリフォルニア大学バークレー校に滞在して,流れの数値解析に関する研究をスタートしたことから,油圧制御機器内の流れの数値解析に係わる研究をメインテーマとした.その後,1998年の研究所の改組に伴って,研究室は生体流動研究部門となり,研究テーマは生体流動関係に大きくシフトすることとなった.その後,2003年に計測と計算の融合手法による流体科学と異分野の融合研究を目的とした流体融合研究センターの設置に伴って,超実時間医療工学研究分野として,生体内流れの計測融合シミュレーションに関する研究を行うこととなった.2013年の研究所の改組では,融合計算医工学研究分野に改組され,2021年に定年退職した.現在は,東北大学学際科学フロンティア研究所で全領域の若手研究者の育成の仕事をしている.
以下に,2000年ごろまでの油圧制御系に関する研究と,それ以降の計測融合シミュレーションに関する主な研究の概要を述べる.
3.1 管オリフィス流れの過渡特性に関する数値解析
流体制御要素の動特性のモデリングの基礎として,管オリフィスを通過する非定常流のステップ応答に対する数値解析を行った2).その結果,ステップ応答は従来知られている時定数に比べて大きな値を持つ第2の時定数にも支配されることを明かにした.本研究成果は,絞り部のモデリングに加えて,精密な流量計測を行う際の指針を与えるものである.
3.2 油圧サーボ系に発生するマイクロスティクスリップ振動
電気油圧式サーボ弁と油圧シリンダー,パーソナルコンピューターよりなるディジタル制御系に発生する2種類のマイクロスティックスリップ振動の制御について実験と数値シミュレーションの両面から検討した3).本研究では,スプール弁のアンダーラップ内の過大な流量ゲインに起因する中振幅のマイクロスティックスリップ振動はフィードバック線形化による非線形制御により抑制できること,また,有限の分解能をもつD/A変換器からの離散的な制御入力に起因する,小振幅のマイクロスティックスリップ振動は,D/A変換器の分解能を向上することによって抑制できることを明らかにした.
3.3 スプール弁まわりの流動数値解析の妥当性検証に関する基礎的研究
流体制御要素に係わる流動数値解析の検証に関する基礎的な検討として,単純な軸対称形状を持つモデルスプール弁を通過する非定常流れの解の収束について検討した4).数値解析の結果,スプール弁に作用する流体力は計算時間ステップに大きく依存するが,流量はかなり鈍感であることが分かった(図1).空間格子分解能の効果については,流体力の評価には流量よりも細かいグリッドが必要である.本研究結果は,非単調な格子収束性を示す収束プロセスの複雑な性質は,スプール弁内の流れに関して誤った予測につながる可能性があることを示唆する.また本研究の単純な軸対称モデルで得られた数値解の収束に関する複雑な特性は,一般的な3次元問題に自然に適用される.
3.4 計測融合シミュレーションの研究
計測融合シミュレーションを用いて,実現象の流れ解析の基盤技術を確立するための研究を行った.正方形管路内の乱流や風洞内の角柱後流のカルマン渦列など,流体力学の基本的な流れ場に対し,本手法による乱流速度場の再現や,本手法を風洞実験に応用したハイブリッド風洞による非定常圧力場の再現手法を確立するための研究を行った.本手法は,実現象の流れの基本的な解析手法として,実流れの非定常圧力分布など,従来の計測手法や数値流体解析手法単独では得ることが困難であった流れの状態を取得できる.ハイブリッド風洞の研究では,風洞内の物体表面の圧力をフィードバックした計測融合シミュレーションを行って,物体後流のカルマン渦列に伴う非定常流れ場を再現できることを明らかにした(図2).
4.おわりに
名誉員拝命にあたり,これまでの約30年間の学会活動と研究活動を振り返ってみた.これまで長い間お世話になった学会事務局や関係の皆様,フルードパワーに係わる研究者の皆様に心から感謝申し上げる.フルードパワーは社会を支える基盤技術であり,持続可能社会実現のための世界規模の問題解決の鍵であると思う.フルードパワー学会の今後益々の発展をお祈り申し上げる.
参考文献
1) 早瀬敏幸:学会誌緑陰特集号の電子出版について, フルードパワーシステム, Vol.
34, No. E1(緑陰特集号), p.
E2-E3 (2003)
2) Hayase,
T., Cheng, P. and Hayashi, S: Numerical Analysis of Transient Flow through a
Pipe Orifice: Time Constant for the Settling Flow, Proceedings of the Second
JHPS International Symposium on Fluid Power, p. 671-676,(1993)
3) Hayase,
T., Hayashi, S. and Kojima, K.: Micro Stick-Slip Vibration in Hydraulic Servo
Systems, Proceedings of the Third JHPS International Symposium on Fluid Power,
Yokohama, p. 555-560 (1996).
4) Hayase,
T, Xia, Y., Shirai, A., and Hayashi, S.: Fundamental Consideration on Numerical
Analysis of Unsteady Flow Through Spool Valve, Proceedings of The 5th JFPS
International Symposium on Fluid Power, NARA 2002, p. 929-934 (2002)
著者紹介
はやせとしゆき
早瀬敏幸 君
1980年名古屋大学大学院博士課程前期課程修了.同年名古屋大学工学部助手.1990年東北大学流体科学研究所助教授,2000年-2021年同教授,2018年東北大学学際科学フロンティア研究所所長,現在に至る.生体流動,流体制御の研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.工学博士.
E-mail: hayase(at)fris.tohoku.ac.jp
(a) 計算例
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> (b) 計算時間刻みと流体力の関係
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図1 スプール弁モデル内非定常流の数値解析 |
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図2 ハイブリッド風洞 |