資 料

 

機能性流体FPSのフロンティア展開に関する研究委員会*

 

中野 政身**

 

* 2023517日原稿受付

**SmartTECH Lab.,〒980-8577宮城県仙台市青葉区片平2-1-1 東北大学産学連携先端材料研究開発センター内

 


1.本研究委員会の概要

ER(Electro-Rheological)流体,液晶,EHD(Electro-Hydro-Dynamic)流体・ECF(Electro-Conjugate-Fluids)MR(Magneto-Rheological)流体,磁性流体(Magnetic Fluid, Ferrofluid),磁気混合流体(Magnetic Compound Fluid: MCF)および機能性ソフトマテリアルなどは,電場や磁場などの外場に反応して流体の物理化学的性質が変化する機能性を示す機能性流体である.これまで,これらの機能性流体を活用したさまざまな特徴的なデバイス・システムが提案・実証あるいは実用化されてきている.フルードパワーの分野でも,機能性流体を活用したフルードパワーシステム(機能性流体FPS)が種々提案され,振動制御,車両,ロボティクス,MEMS,アクチュエータ等の分野等において研究開発および実用化の事例も見受けられる.このような機能性流体FPSは,スマート化,高性能化,小型化,高機能化,省エネルギー化,クリーン化,低振動・低騒音化,高い信頼性や安全性の確保など,フルードパワーシステムに特徴的な優位性を付与でき,その技術のブレークスルーを牽引するポテンシャルを有している.本研究委員会(委員長:中野政身,幹事:吉田和弘,副幹事:竹村研治郎,柿沼康弘,委員23名)は,車両,生産・加工,福祉・医療,土木・建築,航空宇宙などの種々の分野において機能性流体FPSのフロンティア展開を図ることを目的に,20224月に設置された.その後,以下の重点3項目に関して,研究テーマの設定と実施,および研究成果発表を行なうなどして,1年目の活動を展開してきている.

(1) 新規機能性流体の創製・評価及び高機能化,(2) 機能性流体を活用したバルブ,クラッチ,ブレーキ,ダンパ,アクチュエータ,ポンプ,センサなどの機能性流体要素技術のフロンティア研究開発と実用化,(3) 機能性流体FPSの構築と実用化に関するフロンティア展開.

2.2022年度の研究活動

本研究委員会の初年度である2022年度は,第1回から第3回の研究委員会を開催して,委員からの話題提供などを実施して調査研究活動を展開してきている.以下に,各回の研究委員会で講演があった研究成果のテーマとその概要等を列挙して研究活動の報告とする.

2.1 第1回研究委員会(2022915(), Zoomによるオンライン開催,18名参加)

(1) 交流圧力源を用いたERマイクロアクチュエータシステム(東京工業大学:吉田和弘 幹事

 交流圧力源を用いた2種類のERマイクロアクチュエータについて紹介があった.はじめに液晶系ER流体を用いたフレキシブルERマイクロバルブが示され,これを用いた2自由度駆動交流圧力源システムについて示された.電圧により粘度が数倍変化する仕組みを応用して,2次元上を駆動できることが示された.一方で,ERバルブ部での内部漏れによる性能の限界があることが確認された.この限界を超えるために,粒子分散系ER粒子を用いてバルブを完全に遮断できるERバルブのアクチュエータが提案された.交流の圧力と同期してERバルブの抵抗が変化する仕組みを考案し,粒子分散系ER流体バルブを開発している.ERバルブの等価回路モデルを考案し,シミュレーションで性能を評価している.ERバルブの性能やアクチュエータ構造の改善に加え,適した電圧印加方法や圧力波形を与えることで,変位を大幅に拡大できる高性能なERバルブアクチュエータの開発に成功している.

 

(2) ツインドライブMR流体アクチュエータを用いたデルタ型ハプティックデバイス(大分大学:菊池武士 委員

MR流体を用いた遠隔手術ロボットのためのハプティックデバイスの研究事例について紹介された.まず,ロボット手術について,低侵襲,手首自由度,高解像度3D画像,広い可動域,手振れ防止,遠隔操作といった長所から適用事例が増えていることが紹介されるとともに,高コスト,長い技術習得時間,視覚情報への過度な依存などの短所が示され,力覚提示が必要であることが指摘された.つぎに,従来のハプティックデバイスについて概観され,力制御の精度が低い問題が指摘された.そこで1個のモータで正転.逆転の回転運動をつくり,2個のMRクラッチを介して伝達された回転運動を合成して取り出す構造で,高トルク,低慣性なツインドライブMR流体アクチュエータが提案された.また,遠隔操作のためのバイラテラル制御系のために,力逆送型バイラテラル制御系に提案したMR流体アクチュエータを組み合わせたシステムが提案され,人肌ゲルの硬さ官能試験によりその有効性が示された.さらに,低慣性のパラレルリンク機構であるデルタ機構に提案したMRアクチュエータを組み合わせたデルタ型ハプテクデバイスが提案され,可操作度に基づき可動範囲の評価を行うとともに,試作機による性能評価の結果が示された.

(3) 磁気粘性流体ブレーキのウェアラブル装置への応用(中央大学:奥井学 委員

 VR/ARと組み合わせた全身力覚提示スーツに関する研究が紹介された.はじめにMRブレーキの基本原理と特徴が紹介され,最大の特徴はトルク/慣性比の高さであることが強調された.続いて,空気圧人工筋とMRブレーキを組み合わせたアクチュエータシステムが紹介された.人工筋は可変剛性素子として利用しており,MRブレーキを配した関節を人工筋で拮抗駆動することにより,可変粘性(MRブレーキ)と可変剛性(人工筋)を組み合わせた可変粘弾性要素が構成できる.これを用いて,たとえば4自由度力覚提示用のデルタ型パラレルリンク機構が実現できる.こうした技術を用いて全身力覚提示スーツを研究している.はじめに足底への力覚提示によるウェアラブルで落下感覚の提示が可能なシステムが紹介された.HMDとの組み合わせによりベクション効果(視覚による錯覚)を併用している.つぎに,下肢力学提示システムが紹介された.股関節と膝関節にMRブレーキ+遊星歯車を配置した外骨格型である.トルクの発生の際に,トルクが不足している場合に力積を合わせることで錯覚させるなどの工夫が紹介された.続いて,上肢への力覚提示システム(双腕)も紹介された.MRブレーキのみを用いる足底と下肢装置とは違い,MRブレーキと人工筋を用いた粘弾性提示が可能である.最後に,装置の今後の改良方針とともに,身体拡張を見据えた応用の展望が説明された.

2.2 第2回研究委員会(20221221(), Zoomによるオンライン開催,20名参加)

(1) フルードパワーによる様々な吸着手法の比較とMR流体吸盤の展望(東京工業大学:塚越秀行 委員

壁面移動ロボットのため,タコの吸盤からヒントを得た間接吸引,ヤマビルの吸盤から発想に至ったハイブリッド吸盤,およびMR 流体吸盤の研究事例について紹介された.

まず,タコの吸盤からヒントを得た間接吸引について紹介された.これは,凹形メンブレンを有する吸着部を複数有し,メンブレンを負圧により引くことで吸着部を負圧とし吸着するものである.ソフトボール外周に組み込み,投擲して吸着させる応用事例等も紹介された.つぎに,ヤマビルを模倣し,粘液吸着と真空吸着のハイブリッド吸着を行い,吸着部内部のバルーンを膨らませはく離する機構が紹介された.不定形の物体等の吸着が示されるとともに,橋梁のモニタリングシステムへの応用事例が紹介された.最後に,位置調整される磁石の磁界を印加したMR流体を吸着面に当て,MR流体のせん断力により生じる負圧を用いたMR流体吸盤について紹介された.吸着実験結果等が示され,吸着面に残留するMR流体の回収のための機構も紹介された.アルミメッシュ,コンクリート,木材等幅広く吸着できることが示された.

(2) 機能性流体を用いた小形制動装置と小型グリッパ(法政大学:田中豊 委員

法政大学高機能メカトロデザイン研究室の概要をご紹介いただいた後,機能性流体を用いた小形制動装置と小形グリッパについて解説された.

はじめに,マイクロマウスへの搭載を目指したERFを用いた制動装置が紹介された.現状はモータへの電流制御での加減速を行なっているが,小形軽量の制動装置への期待が高く,ERFを用いてこれを開発している.駆動用DCモータと同程度のサイズの多層円板を有するERF制動装置が紹介された.モータ駆動電圧の7.4 Vを数 ms3 kVまで昇圧,放電する回路も設計し,マイクロマウスへの搭載を目指している.また,供給電圧の低圧化を目指した二重円筒型ERブレーキの構造も紹介された.つぎに,ECFを用いたグリッパが紹介された.具体的には,ジャミング効果に必要な負圧をECF流動を用いて生成するマイクロジャミンググリッパ(φ14×40)である.ガラスビーズを充填したグリッパに直列して,流動発生部の上下流に弾性膜を配置した負圧発生部がつながっており,ECFの流動によってグリッパに負圧を発生させジャミングを発生させる.グリップ力は93 mN程度である.また,この負圧発生部を応用した吸盤のアクティブ駆動も紹介された.

(3) 磁気粘性流体を用いた回転体間の動力伝達(横浜国立大学:佐藤恭一 委員

MR流体の概要が説明された後,MRクラッチ・MRブレーキへの応用が概説された.これに対して,省電力あるいは無電力での界磁機構を適用するメリットが示された.このメリットを維持したまま,制動ではなく,MR流体を利用した動力伝達(ドラクションドライブ)への応用が紹介された.トラクションドライブにおいては薄い液膜が見かけ上固化し,摩擦係数に相当するトラクション係数が上昇する.これに準じて,原動節,従動節のローラ間に磁界をかけ,そこにMR流体を保持する構成や,原動節,従動節のシャフトにディスクを配置した構成が紹介された.動力伝達効率は構成に応じて変化し,強磁性体ディスクを用いたもので約75%である.現状では,歯車の動力伝達効率(約99%)に比べて低いものの,無振動,静粛性といった利点がある.トルク伝達に関しては,渦電流発生の影響でブレーキトルクが出るデメリットもあるため,伝達部となるローラおよびディスクの材料選定が重要な課題である.また,今後,動力伝達のみならず,CVT,クラッチなどの機能の付加についても検討していることが付言された.

2.3 第3回研究委員会(2023314(), Zoomによるオンライン開催,16名参加)

(1) MRF回転ダンパを用いたエアタービンスピンドルの制御に関する研究福岡工業大学:加藤友則 委員,ケオナムチャイ ヴァニサラ 氏

はじめに,加藤委員から福岡工大加藤研究室で行われている研究テーマの概要が紹介された.その後,ケオナムチャイ氏からMRF回転ダンパを援用したエアタービンスピンドルシステムが紹介された.一般的な電空スピンドルでは,高回転域をエアタービンが,低回転域を電動タービンが分担し,これらを切り替えて利用される.これに対して,MRF回転ダンパをエアタービンスピンドルシステムに導入することによって,低回転域もエアタービンで賄えれば電空ハイブリッドが不要となる.100~300rpm程度の領域でエアタービンスピンドル回転数をステップ状に変化させると回転数の変動が残っており,MRF回転ダンパのアクティブな制御による回転数リップルの低減が期待される.エアタービンスピンドルに特化したMRF回転ダンパの開発も求められる.

(2) EHDポンプと静電フィルタの基礎研究豊橋技術科学大学:柳田秀記 委員

まず,電荷注入式静電フィルタについて,電荷注入を行う突起を平面上に多数配置した電極と電荷注入のない平板電極を用いた場合の浄化性能の比較により,電荷注入の有効性が示された.また,イオン移動度をWalden則の50倍とすれば,流れの数値解析結果が実験結果とほぼ一致することが示された.さらに,注入電荷のみ,解離電荷のみ,両方の電荷の場合の静電フィルタの数値解析を行い,解離電荷の影響が大きいことが示された.つぎに,EHDポンプについて,底面に電極対を配置したEHDポンプAと,上流側の電極を流路の中央の高さに下流側の電極を天井面と底面に配置したEHDポンプBについて,圧力・流量特性の数値解析結果が示され,注入電荷,解離電荷,および両方の電荷の場合の特性はポンプABで異なること,液温の影響などが示された.また,電極寸法と液体の導電率の影響について実験および数値解析で検討され,最適寸法と液体の導電率の影響が示された.最後に,圧力・流量特性において,第1象限だけでなく第2および第4象限も加えた完全特性について検討され,第1象限の特性のほぼ延長線上にあることなどが示された.

(3) 電界共役流体(ECF)駆動形マイクロシリンジポンプ東京工業大学:金俊完 委員

まず,ケンブリッジ大学の在外研究の体験について紹介された.つぎに,ECF駆動形マイクロシリンジポンプについて,生化学,医療,創薬における送液のため,不均一電界印加でジェット流が生じる機能性流体ECFを用いたチップサイズのマイクロシリンジポンプの開発を目指したことが説明された.その駆動源として,三角柱電極をスリット電極の左右に対向配置し両方向にポンピングできるECFマイクロポンプが提案され,MEMSプロセスにより試作されたデバイスの特性実験結果が紹介された.つぎに,バルブ要素としてノズルディフューザ形流路を用い,ECFと水の界面を流体ピストンとしたシリンジポンプが提案,試作され,光学センサを用いたシリンジの往復運動によるポンピング特性の実験結果が示された.また,ポンプ効率を向上するために,ECFポンプによる圧力で変形するメンブレンで開閉するアクティブバルブが提案,試作され,その動作が示された.最後に,以上の要素を組み合わせシリンジポンプが構築され,その動作が確認された.

3.前回研究委員会の研究成果報告書の発刊

20184月から20223月まで研究調査活動を行った「機能性流体フルードパワーシステムに関する研究委員会」の研究成果報告書(A4電子版,総ページ数は135頁)を,20229月に学会から発刊している.有料(税込価格; 会員: 6,600円,関係団体会員: 8,800円,一般: 11,000円)で頒布しているので,購入を希望される方は学会事務局までお申し出下さい.

著者紹介

中野 政身

なかのまさみ

中野政身 君

1982年早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程修了,工学博士.1981年早稲田大学助手,1982年山形大学助手,助教授を経て,1997年同教授,2008年東北大学教授流体科学研究所,2018年同教授未来科学技術共同研究センター,2023SmartTECH Lab.代表取締役社長兼CEO. 機能性流体,流体関連振動・騒音,振動制御などに関わるスマート流体制御システム工学に従事.日本フルードパワーシステム学会(名誉員),日本機械学会(フェロー),自動車技術会,日本工学アカデミーなどの会員.JABEEフェロー.

E-mail: mnakano(at)smarttech-lab.com

URL: http://masc.tohoku.ac.jp/project/smarttech-lab.html