展 望

 

2023年度の油圧分野の研究活動の動向*

 

酒井 悟**,新井 遼**

 

* 202482原稿受付

**信州大学学術研究院工学系380-8553長野市若里4-17-1

 


1.はじめに

本稿では,2023年度の油圧分野に関する研究動向について代表的な講演会論文集と学会誌に掲載された論文を調査した.20234月から20243月までの本学会論文集および英文誌JFPS International Journal of Fluid Power System,春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,日本機械学会論文集および英文誌などから,いくつかの論文を紹介する.

2.2023年春季フルードパワーシステム講演会論文集

2023 春季フルードパワーシステム講演会は2023525日,26日に機械振興会館(東京都港区)において開催された.講演数は38件あり,そのうち7件が油圧関連の研究であった.橋本ら1)は油圧インピーダンスデータに識別理論を適用して伝達関数を同定した.加藤ら2)は油圧アームのための同定入力の修正法の改善について提案し,有効性を実験的に検証した.風間ら3)はキャビテーション噴流が衝突する固体壁面の支持剛性の影響に着目して,弾性部材を用いて噴流衝突面となる試験片を柔軟に支持した場合の壊食に及ぼす影響を実験的に調べた.駒屋ら4)は気泡が分散した油を容器内に閉じ込め,容器内の加圧から保持,その後に減圧する過程における油内気泡の挙動を可視化により明らかにした.佐藤ら5)4ポート独立可変重合スプール弁の制御方法を提案し,負荷制御時の効果をシミュレーションにより提示し,さらに,4ポート独立可変重合スプール弁のスプール操作に適用可能な,回転・直動2自由度電磁アクチュエータを報告した.清水ら6)3次元数値流動解析を用いて,スプールに設けられたグルーブが及ぼす流体力特性の影響について検討した.林7)は流体慣性の特性を利用する油圧制御手法の適用にあたり,システムが成立するための構成要件と,油圧シリンダ駆動制御への適用可能性を検討した.

3.2023 秋季フルードパワーシステム講演会論文集

2023 秋季フルードパワーシステム講演会は20231130日,121日に岡山理科大学(岡山県)において開催された.講演数は47件あり,そのうち13件が油圧関連の研究であった.湯浅ら8)は操作者の動きに合わせて水平面から左右前後に最大傾斜するなどをはじめとした,いくつかの設計要件を満たす歯科医療従事者用スツールの傾斜機構を設計・製作した. 梅本ら9) は非線形油圧アームの動力学の特徴に対する解析を容易にするための入力流量の平滑化手法を提案し,有効性を数値的かつ実験的に検証した.小野ら10)は非線形油圧アームの力制御系の構造化特異値を計算して,ロバスト制御性能を物理的に解析した.江口ら11)らは非線形油圧アームの非線形モデル予測制御(NMPC)を高速化し,実装する手法を提案し実験的に検証した.風間12)は摩耗を生じない(弁体を持たず,可動部を設けない),特殊な液体を用いない(作動液や用水自身による)バルブの開発を目指し,基本的な概念を示した.佐々木ら13)は温度による液体の粘度や状態や性質の変化を利用して,弁体を使用せずに流れの制御を担うバルブの検証と開発について報告した.名倉ら14)は低圧源側チェック弁を,パイロット回路用デジタル減圧回路に適用し,制御性とエネルギー効率向上への効果についてのシミュレーション結果を報告した.鶴原15)らはDirectional Forgetting と呼ばれる特定のリグレッサベクトル成分のみのデータを忘却する手法を組み合わせた新しいロバストデータ駆動型制御手法を提案し,数値的に有効性を検証した.若生ら16)らは油の気泡含有率を簡易に計測する原理とその原理を用いた測定装置を提案し,想定される計測誤差の要因について検討した.駒屋ら17)は気泡が分散した油を容器内に閉じ込め,容器内の加圧から保持,その後に減圧する過程における油の剛性について検討した.竹中ら18)は複雑な流路形状の影響を考慮できる吐出し流路のCAD データを用いてCFD 解析を行い,数値解析によって内部インピーダンス特性を求めた.増田19)は減衰係数の見積もり方を採用した場合に,ポペット弁のヒステリシス特性はどのように出現するのかについて検討した.阿部ら20)は機械学習により作成されたポンプの効率マップを用いて,最適な回転速度と排気量のセットを選択できるシステムの構築を試みた.

4.日本フルードパワーシステム学会論文集および英文誌

2023年度の日本フルードパワーシステム学会論文集において油圧関連の論文は2編であった.また,JFPS International Journal of Fluid Power Systemにおいて油圧関連の論文は0編であった.橋本ら21)は,自動変速機のバルブボックスにおける油圧インピーダンスの計測技術の開発を行っている.流量加振技術と非定常流量計測技術を組み合わせることで油圧インピーダンスの計測を可能としつつ,気泡含有率,作動油体積の変化に対する油圧インピーダンスの結果について,数学モデルと同様の傾向を実験からも得ている.また,計測データからパラメータの同定を行い,流量,圧力の計測データから伝達関数を推定し,種々の物理パラメータを同定している.名倉ら22)は建設機械のパイロット回路用油圧源の効率向上を目的に,油の慣性を用いたデジタル減圧回路の適用を提案している.初めにプラントモデルを構築し,実験結果との比較からモデル検証している.つぎに,フィードフォワード制御とPI制御を組み合わせたコントローラを提案している.時間変化する高圧圧力源と負荷流量のステップ変化に対して,良好な応答結果を示している.最後に,油圧ショベルの実機から取得した高圧圧力源圧力と各センサ値から推定したパイロット回路消費流量を入力として,デジタル減圧回路の圧力制御を行って良好な制御性を確認している.

5.日本機械学会論文集および英文誌

2023年度の日本機械学会論文集に掲載された油圧関連の論文は1編であった.また,JSME Mechanical Engineering Journalには0編,JSME Journal of Advanced Mechanical Design, Systems, and Manufacturingには1編の油圧関連の論文が掲載されている.北澤ら23)は衝撃吸収機構を内蔵し,少ない部品点数で高応答・高出力と接触親和性を両立するアクチュエータの開発を目的とし,気泡の混入した作動油を動力伝達に利用するシリンダを提案している.混合作動流体室に3.5 %程度の気泡が混入した作動油を封入した場合,シリンダ駆動開始時において応答性を保ちつつ,発生するサージ圧が約40 %抑えられること,混合作動流体室に約2 %の気泡が混入した作動油を封入することで,駆動開始・停止時に発生するサージ圧を極めて小さくできること,提案シリンダの出力および応答特性と衝撃吸収の特性が混合作動流体室に封入する作動油中の気泡の体積混合比を制御することによって調整できることなどを解析および実験的に明らかにした.TAO24)は磁歪電気油圧式アクチュエータの挙動解析のための流体慣性と圧縮性を考慮したインピーダンス網のモデリングを提案している.連続式・圧力損失・運動方程式に基づいて要素の挙動を記述しつつ,電気機械と油圧機械のアナロジーからM-EHAのインピーダンス網を定義して,出力性能の支配因子を解析している.M-EHAの構造を解析して,マニホールド,シリンダ,アキュムレータなど各要素の周波数特性を入手している.またアクチュエータ構造としての最適化のための指針を得ている.シミュレーションでは生じない後退動作が実験では生じることを確認しつつ(図1),2個の共振周波数の支配因子が負荷のパラメータなどに依存することを定量的に明らかにしている.

6.おわりに

2023年度における主に国内で発表された油圧関連の研究トピックの概要を示した.本稿が何らかの参考になれば幸いである.

参考文献

1)         橋本大樹,眞田一志:油圧インピーダンス計測におけるパラメータ同定,2023年春季フルードパワーシステム講演会論文集,p.53-55 (2023)

2)         加藤輝雄,新井遼,酒井悟:油圧アームのための同定入力の修正法の改善について,2023年春季フルードパワーシステム講演会論文集,p.56-58 (2023)

3)         風間俊治,林玖憲:キャビテーション壊食に及ぼす噴流衝突面の支持剛性の影響について,2023年春季フルードパワーシステム講演会論文集,p.59-61 (2023)

4)         駒屋耕大,木村匠吾,田中豊,坂間清子:気泡を含む油の加圧減圧過程における挙動(加圧保持から減圧後の気泡の状態),2023年春季フルードパワーシステム講演会論文集,p.62-64 (2023)

5)         佐藤恭一,下岡隆雅,佐藤斗南,佐々木新:4ポート独立可変重合スプール弁の設計と弁操作用回転・直動2自由度電磁アクチュエータの適用,2023年春季フルードパワーシステム講演会論文集,p.65-67 (2023)

6)         清水文雄,田中和博:スプール弁の環状溝が流体力に及ぼす影響,2023年春季フルードパワーシステム講演会論文集,p.69-71 (2023)

7)         林光昭:HBCHydraulic Buck Converter)についての考察,2023年春季フルードパワーシステム講演会論文集,p.72-74 (2023)

8)         湯浅日和,佐藤淳希,小笠原萌,田中みなみ,川上幸男:油圧シリンダを有する歯科医療従事者用スツール傾斜機構の検討,2023年秋季フルードパワーシステム講演会論文集,p.51-53 (2023)

9)         梅本諒,酒井悟,新井遼,江口剛紀,小野和輝:非線形油圧アームの動力学の特徴に基づく解析モデル2023年秋季フルードパワーシステム講演会論文集,p.54-56 (2023)

10)      小野和輝,酒井悟,新井遼,近澤健太:非線形油圧アームの力サーボ制御系のロバスト性能,2023年秋季フルードパワーシステム講演会論文集,p.57-59 (2023)

11)      江口剛紀,酒井悟,天願海斗,梅本諒,小野和輝:非線形油圧アームの動力学の特徴に基づくモデル予測制御実装,2023年秋季フルードパワーシステム講演会論文集,p.60-62 (2023)

12)      風間俊治:弁体をもたないバルブの開発(第1報:考案),2023年秋季フルードパワーシステム講演会論文集,p.63-65 (2023)

13)      佐々木優真,風間俊治:弁体をもたないバルブの開発(第2報:実験),2023年秋季フルードパワーシステム講演会論文集,p.66-68 (2023)

14)      名倉忍,柳田悠太,眞田一志:デジタル油圧の建設機械向けパイロット元圧回路への応用に関する研究・減圧効率への低圧圧力源チェック弁が及ぼす影響について,2023年秋季フルードパワーシステム講演会論文集,p.69-71 (2023)

15)      鶴原理司,伊藤和寿:方向忘却付き適応 FRITに基づく逐次的ロバスト制御器調整法のフルードパワーシステムへの応用,2023年秋季フルードパワーシステム講演会論文集,p.116-118 (2023)

16)      若生瑛貴,田中豊,坂間清子:油の気泡含有率の簡易計測法(計測法の提案と測定誤差の検討),2023年秋季フルードパワーシステム講演会論文集,p.119-121 (2023)

17)      駒屋耕大,田中豊,坂間清子:気泡を含む油の加圧減圧過程における挙動 (減圧過程における数学モデルの修正),2023年秋季フルードパワーシステム講演会論文集,p.122-124 (2023)

18)      竹中洸,一柳隆義:CFD 解析による油圧ポンプの内部インピーダンス特性,2023年秋季フルードパワーシステム講演会論文集,p.125-127 (2023)

19)      増田精鋭,清水文雄,田中和博:ポペット弁のヒステリシス特性に与える減衰力の影響の検討,2023年秋季フルードパワーシステム講演会論文集,p.128-130 (2023)

20)      阿部悠人,佐藤恭一:学習に基づく効率マップを用いた電動油圧駆動システムの速度・容量 2自由度制御,2023年秋季フルードパワーシステム講演会論文集,p.131-133 (2023)

21)      橋本大樹,藤田昌孝,眞田一志:油圧インピーダンス計測技術に関する研究,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.54No.2p.19-26 (2023)

22)      名倉忍,柳田悠太,眞田一志:デジタル油圧の建設機械向けパイロット元圧回路への応用に関する研究,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.54No.1p.10-17 (2023)

23)      北澤勇気,坂間清子,菅原佳城:作動油中気泡の圧縮性を衝撃吸収効果として活用した油圧アクチュエータに関する研究,日本機械学会論文集,Vol.89No.927p.23-00114 (2023) 

24)      Menglun TAOFeng LINLiang SHUHongbi DENGYeheng ZHANG: Research on impedance network modeling and output characteristics of magnetostrictive electro-hydraulic actuator Journal of Advanced Mechanical Design, Systems, and ManufacturingVol.17No.2JAMDSM0018 (2023)

著者紹介

Satoru Sakaiさかい さとる

酒井 悟 君

1998年京都大学工学部卒業,2003年京都大学農学研究科博士後期課程修了,京都大学情報学研究科JSPS特別研究員(PD)Twente大学客員研究員,千葉大学助教を経て,2010年信州大学学術研究院工学系准教授,2023年同教授,現在に至る.

E-mail:satorus(at)shinshu-u.ac.jp

あらい りょう

新井 遼 君

2020年信州大学工学部機械システム工学科卒業,2022年信州大学大学院総合理工学研究科工学専攻機械システム工学分野修士課程修了,2022年より信州大学大学院総合医理工学研究科総合理工学専攻エネルギーシステム工学分野機械システム工学ユニット博士課程進学,現在に至る.

E-mail:22hs201e(at)shinshu-u.ac.jp


図1 上:インピーダンス網モデル(一部),下:モデルと実験の応答比較(60Hz, 200Hz) 24)