展 望
2023年度の水圧分野の研究活動の動向*
塚越 秀行**
* 2024年7月10日稿受付
**東京工業大学 工学院システム制御系,〒152-8552 東京都目黒区大岡山2−12−1
文献データベース(CiNii, Google Schoolar)で「水圧」, 「Water Hydraulic」を含むキーワード検索を行い,2023年度の水圧駆動研究の動向を調査した.以下にその概要を紹介する.
先般の本特集号の記事では,水圧駆動用の弁やアクチュエータに関する要素技術や,これらを融合したシステムの制御技術に関する研究事例が主に紹介されてきた1-5).これらの性能向上を図った研究事例が継続して報告されている一方,従来とは異なる新規の水圧の応用領域など,新しい視点から水圧技術をとらえる研究も報告され始めている.
Caoら6)は,電気刺激で浮力を調整する電気―水圧式のハイブリッドアクチュエータの設計方法を提案した.魚類の浮袋の機能を参考とし,静電気力を適用してアクチュエータの容積を拡大することにより,浮力が調整可能な構成となっている.アクチュエータの機械モデルは最小エネルギー原理をもとに設計された.実験では,試作したアクチュエータの自重が58.6gとなり,浮力8.58 gfを調整する能力が示されている.また,異なる電圧信号を印加することでアクチュエータの水中での深度を制御可能なことも示した.
Zhangら7)は,水圧人工筋肉(Water Hydraulic Artificial Muscle: WHAM)の疲労挙動を調査するために,ネオプレンゴムの亀裂伝播とアラミド繊維のS-N曲線をもとにWHAMの寿命を分析した.また,WHAMの疲労試験を実施したところ,2MPaの圧力と1030.7N/mmの弾性荷重の下で,疲労寿命が56,000サイクルを超えたことを報告している.さらに,WHAMの疲労破壊の原因を調査し,過度に大きい荷重が繊維の構造を悪化させ,繊維の深刻な破損につながることも示した.そして,WHAMの寿命を予測できる疲労寿命の経験的モデルも提示している.
Danciuら8)は,ウォーターハンマーを受ける水力発電所の動作の安定性を詳細に解析した.リアプノフ関数で安定性を検討し,発電所の動作の漸近安定性が,モデルで想定される水力損失に関連することを示した.また,安定性の挙動を3種類に分類したうえで,実システムと比較しながら,水力発電所の安定性の推定方法を検討した.
Xingら9)は,深海での掘削作業用に,ポンプユニット,モータユニット,DCブラシレスモータの3つで構成される電気―水圧モータを駆動するシステム構造を提案した.ポンプユニットには,回転と往復の2つの運動自由度を有するシリンダを導入した.論文では,電気―水圧モータの機械構造と動作原理を説明したうえで,出力特性の数式モデルを提示し,AdamsとAMESimを用いたシミュレーションにより,動特性と動作パラメータとの関係を検討している.結果によると,ポンプユニットの速度が速いほど,電気―水圧モータの特性が滑らかになり,モータ速度が1000r/minから3000r/minに増加すると,脈動振幅が大幅に減少すると述べている.
Onoratiら10)は,膀胱を収縮できない患者に対する恒久的な解決を目指して,水圧式排尿筋ソフトロボットを提案した.これは膀胱を完全に取り囲む位置に配置され,水を吸引すると収縮する2つの折り紙ベースの水圧アクチュエータから成る.折り紙形状について,収縮能力と体外豚膀胱の排尿効率の両方の観点からの設計,製造,実験的特性の評価を報告している.試作機を用いた排尿補助テストのシミュレーションによると,水圧式排尿筋ソフトロボットの能動排尿効率が,84.8%±7.4%を示したと報告されている.
Bhawsinghkaら11)は,劣駆動で関節の剛性調整機能を備えたシリコン製の水圧駆動グリッパーを提案した.提案されたグリッパーは圧縮時に最大34 N,張力時に最大47 Nの抵抗力を提供する.実験では,平面内の動作として200 mA のモータ電流で最大23 N握力を生成し,把持する物体に応じて握力を適切な範囲内で調整可能なことが示されている.
Kohlsら12)は,水圧と電磁発生装置を組み合わせた触覚用ソフトアクチュエータを提案した.当該アクチュエータは,コイル,磁石,薄膜材料,および作動流体である水から構成されている.さらに,薄い強磁性シートを追加して,電力消費を抑えながら力の出力を向上させる方法も提示されている.低電圧 (最大 2 V)を駆動源とし,高帯域幅の電磁気と水圧を組み合わせて,力の増幅を図っている.実験結果では,アクチュエータは4Aで1.3Nの力を発揮し,3.7Nの圧縮でプリロードされたときに最大5.2Nを生成したと述べている.また,空気中で動作する場合,30Hzの帯域幅を有し,触覚用のアプリケーションとして有用性を示したと述べている.最終的には,身体への圧迫と振動をレンダリングするウェアラブルのリストバンドを目指す予定と示されている.
以上,本稿では2023年度に報告された水圧関連分野の研究動向の一部を紹介した.上述のように,水圧駆動システムの要素技術に関して,解析方法や評価方法が構築されつつある.また,水圧の新たな適用分野も提案されており,水圧特有の駆動系が注目され始めていることが感じ取れる.これらの水圧関連技術の研究成果が,近い将来社会に還元されることを期待したい.
1) 飯尾昭一郎:平成30年度の水圧分野の研究活動の動向, 日本フルードパワーシステム, Vol.50, E1, 電子出版緑陰特集号, E11-E12(2019)
2) 伊藤和寿:2019年度の水圧分野の研究活動の動向, 日本フルードパワーシステム, Vol.51, E1, 電子出版緑陰特集号, E12-E15(2020)
3) 柳田秀記:2020年度の水圧分野の研究活動の動向, 日本フルードパワーシステム, Vol.52, E1, 電子出版緑陰特集号, E10-E13(2021)
4) 柳田秀記:2021年度の水圧分野の研究活動の動向, 日本フルードパワーシステム, Vol.53, E1, 電子出版緑陰特集号, E16-E19(2022)
5) 眞田一志:2022年度の水圧分野の研究活動の動向, 日本フルードパワーシステム, Vol.54, E1, 電子出版緑陰特集号, E9-E11(2023)
6) Xunuo Cao, Weifeng Zou, Jiangshan Zhuo, Dongrui Ruan, Yi Xu, Fanghao Zhou, Xuxu Yang, and Tiefeng Li: Design and modeling of an electro-hydraulic buoyancy adjustment actuator, AIP Advances 13, 105115 (2023)
7) Zengmeng Zhang, Dewen Zhang, Jinkai Che, Yuqing Xie, Yong Yang, Yongjun Gong: Analysis on fatigue behavior of water hydraulic artificialmuscles under different elastic loads in underwaterenvironment, Fatigue Fract Eng Mater Struct. (2023)
8) Daniela Danciu, Dan Popescu,Vladimir Răsvan Water Hammer Stability for a Hydroelectric Plant with Local Nonlinear Hydraulic Losses, 2023 European Control Conference (ECC), DOI: 10.23919/ECC57647.2023.10178313 (2023)
9) Tong Xing; Ying Huang, Cun Gao, Jian Ruan: Research on the Output Characteristic of a New Water Hydraulic Electrohydraulic Motor, IEEE Access, Vol. 11, 48868 – 48880, DOI: 10.1109/ACCESS.2023.3276879 (2023)
10) Simone Onorati, Federica Semproni, Linda Paternò, Giada Casagrande, Veronica Iacovacci, Arianna Menciassi: A hydraulic soft robotic detrusor based on an origami design, IEEE International Conference on Robotics and Automation (ICRA2023) 6817-6822 (2023)
11) Satyam Bhawsinghka, Natasha Troxler, Steph Walker, Joseph R. Davidson: Hydraulic modulation of silicone knuckles for variable control of joint stiffnes, 2023 IEEE International Conference on Soft Robotics (RoboSoft) 10.1109/RoboSoft55895 (2023)
12) Noah D. Kohls, Nicholas Colonnese, Yi Chen Mazumdar, Priyanshu Agarwal, HAPSEA: Hydraulically Amplified Soft Electromagnetic Actuator for Haptics, IEEE/ASME Transactions on Mechatronics, Vol.28, Issue 4, August (2023)
つかこし ひでゆき
塚越 秀行 君
1998年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了.
同年日本学術振興会特別研究員,1999年東京工業大学助手,2004年同大学院助教授,准教授, 2021年同大学教授, 現在に至る. 2016年5月より2020年5月まで日本フルードパワーシステム学会理事・編集委員長. 博士(工学).
E-mail: htsuka(at)cm.ctrl.titech.ac.jp