随 想
2023年度技術功労賞を受賞して*
丸田 和弘**
* 2023年6月5日原稿受付
** 株式会社小松製作所,〒323-8558栃木県小山市横倉新田400
筆者は建設機械メーカに勤務して建設機械向けのポンプ・モータ・バルブ等の油圧機器,油圧システムの開発に従事してきました.入社以来37年もの間,建機用油圧装置・システムの開発や開発期間の短縮等,主な開発ドキュメントを記してみたいと思います.
2.1 安くて薄い旋回モータの開発
1990年代にミニショベル用旋回モータの開発に着手した.その当時は社内の母機に内製化のコンポがすんなり搭載されるということはなく,競合他社とQCDに於いて競い合いその結果により搭載可否が決まるという厳しい状況があった.特にアクチュエーターである油圧モータはミニショベルのメインの油圧システムのつくり込みにはあまり影響はないことから,最終的にはコスト勝負という一面とその他大きな課題として,旋回モータを軸方向にいかに薄くできるかという事があった.というのも旋回モータの配置がちょうど,オペ席のほぼ真下にあり,当時の現行モータの約2/3以下にしないと搭載できない状況だった.まず行ったのが旋回マシナリとの減速比と設計検討を重ねて,最終的には旋回モータの容量を現行28cm3/revを2/3程度に容量も小さくして,インターナル部品もすべて新規設計にした.
しかし,それだけでは軸寸法最小化の目標は達成できなかった.さらに,ピストン長さは面圧が許す限り短くして,スラストプレートは通常は最低でも4mm程度の厚みがあったが,1.5mmに薄くして強度はバックのスワッシュプレートで持たせて,あくまでもピストンシューがしゅう動するときの表面粗さの確保のねらいと割り切っての採用だった.
また,旋回モータとマシナリ内の作動油を一緒にすることにより,通常なら旋回モータのシャフト先端にあるオイルシールを廃止して10数mmの軸寸法の短縮ができた.オイルシールがないということでマシナリから来る異物からベアリングを保護するためにシールドタイプのボールベアリングの採用も実施した.
また,ケーシングの構成も一般的なケースにエンドカバーで蓋をするような形式ではなく,ハウジング内にほぼすべてのインターナル部品を包み込むような形で無駄な厚みを徹底的に排除し薄い板状のスワッシュプレートで蓋をするという斬新な形態にした.これらの工夫により軸寸法が現行モータの約2/3以下を達成させることができた.
つぎにコストをいかに下げるかだが,上記の工夫による効果でモータ自体の部品ベースコストも下がり,さらに工夫した点として,旋回モータは駐車ブレーキという機能が必ず装着されているが,通常は旋回体の最大慣性時に確実に旋回モータが停止してから旋回駐車ブレーキをエンゲージさせるため,コントローラによるタイマー機能にて旋回レバー中立になってから4,5秒でエンゲージさせる制御が車体に搭載されている.ここに目をつけて,コントローラによるタイマー機能を廃止,旋回駐車ブレーキをエンゲージさせるためのばね力を作用させるタイミングを遅らせるねらいで,ブレーキの解除用として使用していた油圧を4,5秒,維持して抜けないように工夫した油圧タイマー方式を考案,この油圧システムを採用することにより,車体側で部品が減る事によるコスト低減も実施して総合的にコスト低減目標を大幅に達成させることができた.
以上の改善内容を提案して,晴れてミニショベル用旋回モータとして採用され,現在でも35年近くもの間,不具合もなく搭載し続けられている.
2.2 3Dプリンタによる試作納期短縮へのとりくみ
25年前今でいえば3Dプリンタを活用して鋳物の中子を製作するのに金型を製作せずに,3Dモデルから砂を固めてダイレクトに中子を製作する工法にチャレンジした.1998年頃,職場に3DCADが導入されて3Dモデル活用方法が直近の課題として上がってきた.その当時,積層造形機のタイプとしてCO2レーザによる樹脂を焼き固めて積層造形するタイプが主流だったが,鋳砂にダイレクトにCO2 レーザを照射して,1層あたり砂を0.2〜0.3o程度の厚さで重ねてモデルのスライスデータに沿って焼き固めて,何度も同じ工程を繰り返して1層ずつ焼き固めて中子形状が成型されて行く.焼き固めた中子はまだ強度的には弱いので刷毛や特殊な道具を使い大量の砂の中からレーザで焼き固めた中子を発掘する.壊れないように周りの固まっていない砂を除き,中子本体を発掘した後,オーブンに入れて数時間焼き固めて中子としての強度を確保し完成させる.主型は通常通り木型で製作してできた砂型に積層造形中子を組込む.あらかじめ鋳物メーカにお願いして巾木や押湯形状の方案検討をしていただき試作品として湯を流した.結果はスタック弁のバルブボディーを製作したが,懸念していたガス欠陥や中子折れも無くかなり良好な結果となった.ガス欠陥が発生した場合でも,3Dの中子データに容易にガス抜き穴をモデリングして中子を製作すればさらにガスが抜けやすくなり鋳肌表面の出来栄えも上がった.また,中子強度が足りないような時は,積層造形中に補強のための針金を入れて中子折れが発生しやすそうな部位の強度UPの効果も確認できた.この方法による成果は,木型・金型製作のリードタイムが数カ月以上必要で,実際に試作鋳物ができ上がるまでは,おおよそ3カ月程度が標準リードタイムだったが,一番時間がかかる金型製作がない積層造形試作鋳物の場合は1〜2週間のリードタイムでできるようになった.これにより油圧機器の開発期間の大幅短縮はもとより,試作コストも特に金型がいらないため,かなりのコスト低減を達成できて大きな成果を上げた.
2.3 提案型開発の油圧駆動ファンシステムの開発
建機向け油圧技術者として母機である車体のセールスポイントに貢献できる油圧技術・油圧装置の開発は何があるかを常に念頭に入れて考え続けてきた.一つの事例として,1998年当時の建設機械のマーケットから対応が必要な事を見つけ出した.@騒音規制 A燃費改善 B世界のさまざまな環境対応(特に気温)等が挙げられたが,EU騒音規制が迫っている中でいかに建設機械の騒音を規制の規格内におさめるかが近々の必須課題であるとして,@の騒音規制対応にフォーカスした1).
建設機械の代表機種として油圧ショベル・ブルドーザがあるがこれらの騒音計測を実施して騒音源を切り分けた結果,当初の予想ではエンジン騒音が一番大きいのではないかと思っていたが両車両ともファン騒音が一番の騒音源だった.従来のファン駆動方式はエンジン直結駆動でありエンジン回転数に応じてファン回転はプーリー比により決まってしまう.ファンによるクーリングシステムのねらいは水温・油温の上昇によるオーバーヒート防止である.ファン騒音を下げる視点から考えるといかにファン回転を下げるかが必要であり,これによりファン騒音は確実に下がる.つまり,ラジエータの水温・作動油の油温を常時監視して,オーバーヒートしない必要最低限のファン回転に常時制御できればファン騒音は確実に下がり車体騒音はEU規制をクリアすることが分かった.これらの低騒音化に加えて,省エネ性,ファンの配置の自由度UP等により,いろいろな車体メリットが生じる油圧駆動ファンシステムの開発に踏み切った.独自の特長を持つ油圧駆動ファンシステムを紹介する2).
(1) インファン構造:
ファン中央にボス部を設けて油圧モータの主要部分を格納し,ファンの翼幅からの飛び出し量を最小とする構造とした.
(2) 制御バルブビルトイン:
ファンシステムに必要な機能(安全弁・吸込弁・フローコントロール弁・正逆転切換弁等)をファンモータに内蔵させた.これにより,ポンプからファンモータへの入口配管,ファンモータからタンクへの出口配管,それとドレン配管のみでシステム構成が可能となり,配管継手・配管類の削減によるシステム簡素化,油漏れリスク低減,およびコスト低減に寄与できた.
(3) 豊富なバリエーション:
各種建設機械をはじめとするさまざまな母機の要求仕様に対応するべく,モータに内蔵される機能(制御バルブ類)は,種々の組み合わせで対応可能とした.まずは,可変ポンプシステム・固定ポンプシステムから選択して,あとはファンモータ内蔵機能の選択,コントローラ有無等ですべての母機の要求仕様に対応可能となり,さまざまな油圧駆動ファンシステムを構成することができた.
(4) 高効率・高信頼性:
インターナル部品は,油圧ショベル等の建機で実績のあるアキシャルピストンモータ・ポンプをベースに開発,高い容積効率・トルク効率を実現,高信頼性を確保している.
上記の特長を有した油圧駆動ファンシステムをEU騒音規制前にタイムリーに提案することができて最初に搭載したホイルローダの騒音規制を余裕でクリアして母機の拡販・商品力UPに寄与できた.
このように,当初は自社の建設機械搭載をターゲットに開発したシステムであったが,上記の特長が他社建機メーカにも認められ多くの他社建機に搭載された.さらに建機以外の用途でも認められ,高速バス用としてバス・トラックメーカから引き合いを受けて採用され市場で好評を博した.
今後も建設機械に限らず,すべての車両システムは社会的ニーズにこたえ,環境に配慮した製品でなくてはならない.その上でさらに居住性を向上させるためのコンパクトさや,快適さも満足させる必要がある.
油圧駆動ファンシステムは車両冷却システムとしてこのようなニーズに応えたものである.直近では電動化の流れの中で同等の制御性・自由度を有する電動式ファンシステムと棲み分けしながら,主としてファン馬力の大きな大型車両・大型建設機械等の分野で搭載し続けるであろうと考えている3).
本開発は大きな成果をおさめた油圧コンポーネント提案型開発の事例となった.
3.おわりに
これらの体験が,今後の技術者の少しでも参考になれば幸いである.
1) 丸田和弘,武藤隆之:低騒音油圧駆動ファンシステムの開発,日本フルードパワーシステム学会誌,Vol.40,No.5,p.46-49 (2009)
2) 丸田和弘,小田陽介:油圧式冷却ファンシステムの適用拡大,油空圧技術, p.19-25 (2005.7)
3) 布谷貞夫:フルードパワーユーザ(建設機械)から見る将来への期待,日本フルードパワーシステム学会誌,Vol.51,No.2, p.61-63 (2020)
まるた かずひろ
丸田 和弘 君
1987年埼玉大学大学院工学研究科機械科専攻修士課程修了.同年(株)小松製作所入社 油機開発センタに配属, 建機向け油圧ポンプ・モータの開発,ショベル用油圧システム・バルブの開発,建機向け電子制御用センサ類の開発に従事.
日本フルードパワーシステム学会員・フェロー.