解 説

 

名誉員の拝命にあたって*

 

西海 孝夫**

 

* 2024531日原稿受付

** 芝浦工業大学UniKL JUPプログラム 非常勤講師135-8548東京都江東区豊洲3-7-5

 


1.はじめに

一般社団法人 日本フルードパワーシステム学会から『名誉員の称号授与のお知らせ』を書面にて頂き,身に余る光栄であり,まずは今まで大変お世話になった学会関係者に対して感謝を申し上げる.

小職は,1980年に本学会に正会員として入会し44年の歳月が経った.まさに「光陰矢の如し」である.大学3年生頃から油圧について興味を持ち図書館で調べてみたが,なかなか理解ができず,国立国会図書館の帰路に日本油空圧協会(本学会の前身)へお邪魔し,事務局のご厚意で文献を閲覧させていただいた覚えがある.残念ながら,何をどのような理由で調査し,何の文献を見せていただいたかは記憶に定かでない.二十歳前後の若輩者が,学協会というハードルの高さにもかかわらず,図々しくも門を叩いたことに改めて縁を感じる.

学生時代を振り返ってみると,インターネットが普及した昨今とは異なり,物事を調べるためには,本屋や図書館から情報を得るしか術がなかった.丁度,その頃に痛切に感じていたことに,たとえば油圧の作動原理を調べたいとしても,油圧機器の断面形状,各部品の動きなどが素人にはまったくと言ってよいほど白黒の図版では理解が難しかった.もし自身が将来に著作を出版できるならば,カラーの図版を用いて作動油の流れや高低圧などを明示し,誰にでも油圧の構造や作動原理などがわかるような書籍を作ることが小職の夢の一つであった.

すでに2019年度の緑陰特集号『学術貢献賞について(油圧にかかわって)』にて1),小職の拙い研究来歴や学会との関わり合いについて解説したので,ここでは防衛大学校を退官後に出版した拙著について紹介させていただくことをお許しいただきたい.

2.書籍の紹介

防衛大学校在任中には,油圧と流体力学に関する書籍を恩師の小波倭文朗名誉教授や同僚の一柳隆義教授とともに何冊か執筆していたが2-6,カラーでの印刷には残念ながら至らず,いつかは成就できればと願っていた.出版社との幾度の折衝を重ね,油圧機器について刊行できる見込みがついたのは,退官2年前のことだったと思う.絶版の「絵解き油圧のきそ」をもとに4),書き進め総計600頁ほどのものになったが,出版社の編集会議では原案の承認が得られず,メカトロニクス入門シリーズの中で『油圧バルブのメカニズム』と『油圧ポンプとアクチュエータのメカニズム』とに分冊化し姉妹本としてフルカラー印刷で上梓できることとなった7-8.以下では,図1に示す2つの書籍について目次に沿って図解を数点ほど例示しながら解説する.

 

2.1 油圧バルブのメカニズム

 本著は,以下の8つの章から構成されている.序章の油圧の基礎では,油圧の歴史に始まり,パスカルの原理と動力伝達・油圧ジャッキ・油圧システム・油圧装置・油圧の特徴・油圧技術の応用分野・今後の油圧システムについて記述している.図2は,基本的な油圧装置を説明したもので,初学者に分かりやすいように同図(a)の断面回路図と同図(b)の図記号を照らし合わせながら、理解できるように工夫して作成した.

第1章の油圧バルブでは,制御弁・ポペット弁・スプール弁について記述している.油圧機器には欠かすことのできない項目であり,読者殿にオリフィス絞りの式など基本的な内容を理解していただくことが肝要である.

2章の方向制御弁では,チェック弁・シャトル弁・方向切換弁・手動操作切換弁・機械操作切換弁・電磁方向切換弁・ソレノイド・ショックレス形電磁方向切換弁・パイロット形電磁弁・ポペット形電磁方向切換弁・ポペット形電磁パイロット切換弁・ポペット形電磁弁・シャットオフ電磁弁・パイロット操作チェック弁・マルチプルコントロール弁について記述している.図3に示すマルチプルコントロール弁は,筆者の知る限りでは他の書籍で余り紹介されていないが,建設機械や農業機械などへの利用では重要な油圧バルブである.

3章の圧力制御弁では,リリーフ弁・パイロット作動形リリーフ弁・電磁切換付リリーフ弁・減圧弁・カウンタバランス弁・シーケンス弁・アンロード弁・アンロードリリーフ弁・ブレーキ弁・バランシング弁について記述している.

4章の流量制御弁では,絞り弁・流量調整弁・パイロット操作流量調整弁・デセラレーション弁・フィードコントロール弁・プレフィル弁・分流弁について記述している.

5章のそのほかの制御弁では,積層弁・積層形リリーフ弁・積層形減圧弁・積層形スロットルチェック弁・積層形パイロット操作チェック弁・カートリッジ弁・ロジック弁・方向ロジック弁・そのほかのロジック弁について記述している.

6章の比例制御弁とサーボ弁では,比例制御弁・比例電磁式パイロットリリーフ弁・比例電磁式リリーフ付減圧弁・比例電磁式流量調整弁・比例電磁式パワーセービング弁・2段形比例電磁式方向流量制御弁・サーボ機構とサーボ弁・リニアサーボ弁・2段形電気油圧サーボ弁・メカニカルサーボ弁・油圧サーボシステムの理論について記述している.図4に示す2段形電気油圧サーボ弁は,電気信号によりトルクモータを作動させ,ノズルを経て作動油の流れを生み,油圧でスプールを動かすという,まさに機械と電気が融合したメカトロニクスの典型例である.

7章の付属機器と要素では,アキュムレータ・フィルタ・熱交換器・油タンク・圧力測定器・配管・電動機について記述している.図5に示すブラダ形アキュムレータは,窒素ガスや作動油の入っていない状態から始まり,ガスの封入時,油圧エネルギーの蓄積時・放出時において,どのように作動油の圧力が変化して,ブラダが収縮膨張するのかを理解できる.

 

2.2 油圧ポンプとアクチュエータのメカニズム

 本著は,以下の12の章から構成されている.第1章の油圧ポンプとアクチュエータの基礎では,油圧システム・油圧ポンプの分類・油圧ポンプの作動原理と動力伝達・油圧ポンプの効率・油圧アクチュエータの分類・油圧アクチュエータの作動原理と動力伝達・油圧モータの効率・油圧ポンプとモータの損失と全効率・油圧ポンプとアクチュエータのシールについて記述している.

2章のピストンポンプでは,単筒ピストンポンプの作動原理・手動ピストンポンプ・ピストンポンプの分類・レシプロピストンポンプ・ラジアルピストンポンプ・アキシアルピストンポンプ・斜軸式アキシアルピストンポンプ・固定シリンダ方式の斜板式アキシアルピストンポンプ・回転シリンダ方式の斜板式アキシアルピストンポンプ・ピストンポンプの流量脈動について記述している.図6に示す弁板による単筒ピストンポンプの作動原理では,一般的な軸回転方向でのピストンの動きを往復運動に置き換え,吸込口および吐出し口と容積室との作動油の流れを表している.図7に示す固定シリンダ形の斜板式アキシアルピストンポンプは,回転シリンダ形と異なり,弁板ではなく吸込口および吐出し口にチェック弁が用いられている.ポンプ内の吸込みおよび吐出し流路がどのように設けられているか正面図では不明であるが上面図を見ると容易に理解できる.

3章のベーンポンプでは,ベーンポンプの作動原理と分類・非平衡形ベーンポンプ・平衡形ベーンポンプ・可変容量形ベーンポンプ・ベーンの種類について記述している.

4章のギヤポンプとねじポンプでは,ギヤポンプの分類・外接ギヤポンプ・仕切板付き内接ギヤポンプ・仕切板なし内接ギヤポンプ・ギヤポンプの流量脈動・ねじポンプについて記述している.

5章の可変容量形斜板式アキシアルピストンポンプでは,圧力補償制御方式・2圧補償制御方式・ アンロード付き圧力補償制御方式・比例電磁式ロードセンシング制御方式・アンプ別置形比例電磁式圧力流量制御方式・自圧式22容量制御方式・電磁弁式22容量制御方式・外部パイロットによる圧力補償制御方式・定馬力制御方式・高圧の可変容量形ピストンポンプ・ACサーボモータ駆動のピストンポンプ・可逆回転形の可変容量形斜板式アキシアルピストンポンプについて記述している.図8に示す電磁式22容量制御方式のピストンポンプは,電磁方向切換弁のオンオフ動作により,低圧大流量と高圧小流量を任意に選択できる.可変容量形ポンプでは,さまざまな補償器が搭載されており作動原理の理解が難しいが,機器内部の圧力状態がカラー色を施すことで鮮明になる.

6章の油圧シリンダでは,シリンダの分類・シリンダの構造と作動原理・クッション付シリンダ・ クッションのエネルギー収支・シリンダの取付け方法・シリンダのシール・シリンダの強度・ピストンロッドの座屈・標準油圧シリンダ・特殊油圧シリンダについて記述している.図9に示すテレスコープシリンダは,中空のピストンロッドの中を別のピストンが動く多段シリンダである.容積室を2個持ち2段階で伸縮するために,構造の理解が困難であるが,同図(a)(d)のようにカラーで図示することで容易となる.

7章のピストンモータでは,偏心形ラジアルピストンモータ・ラジアルピストンモータの作動原理・ 多行程形カム式ラジアルピストンモータ・斜軸式アキシアルピストンモータ・斜板式アキシアルピストンモータ・可変容量形の斜板式アキシアルピストンモータ・対向ピストン形の斜板式アキシアルピストンモータ・旋回用の斜板式アキシアルピストンモータ・走行用の斜板式アキシアルピストンモータについて記述している.図10に示すラジアルピストンモータは,5本のピストンが放射状に配置され,分配弁により容積室への作動油の高低圧切換えを行い,出力軸に回転運動を与える.同図のように3D図にカラーで図示すると高低圧流路が明確となり作動原理の理解を助ける.

8章のベーンモータでは,非平衡形ベーンモータ・平衡形ベーンモータ・多行程ベーンモータについて記述している.第9章のギヤモータでは,外接ギヤモータ・仕切板付内接ギヤモータ・仕切板なし内接ギヤモータについて記述している.

10章の揺動形アクチュエータでは,揺動形アクチュエータの分類・ベーン式揺動形アクチュエータ・ピストン式揺動形アクチュエータについて記述している.第11章のそのほかの油圧ポンプとアクチュエータでは,開回路と閉回路・油圧伝動装置・小型パワーユニット・油圧サーボユニット・電動油圧アクチュエータ・フローティングカップ形の油圧ポンプモータについて記述している.

12章の作動油の流体力学では,圧力の性質・作動油の特徴と種類・作動油の性質・作動油の流れについて記述している.

3.おわりに

名誉員とは,『正会員のうち,学会の地位を学術的,社会的に高めた者で,原則として満65歳以上の者を名誉員とする』と細則および名誉員・シニア員等の資格内規で規定されている.小職が年齢基準以外で規定に該当するとは微塵にも思えないが,強いて言うならば初学者の方々向けに油圧の魅力や面白さを常に意識して,微力ながらも書籍などで伝授してきたことぐらいであろうか

最後に,名誉員を拝命するにあたり,本稿にて拙著の構想や内容について紹介できる機会を頂戴し,編集委員会・学会事務局をはじめ学会員の諸兄に改めて厚く御礼申し上げる.また拙著を執筆するに際し,多くの優れた先人達の書籍や論文を参考にさせていただき,油圧関連企業には,貴重な技術資料や構造図をご提供賜った.この場をお借りして深い謝意を表したい.

末筆ながら,日本フルードパワーシステム学会の創立1970年から半世紀以上にわたり,支えてこられた諸先生・先輩方に改めて敬意を表すとともに,本学会の益々のご盛栄を心からお祈り申し上げる.

 

参考文献

1)         西海孝夫:学術貢献賞について(油圧にかかわって),フルードパワーシステム,Vol.50,緑陰特集号電子版,pp.E47-E532019https://jfps.or.jp/souko/ryokuin1908/pdf/M_Nishiumi.pdf

2)         小波倭文朗,西海孝夫:油圧制御システム,東京電機大学出版局(1999)

3)         西海孝夫:図解はじめて学ぶ「流体の力学」,日刊工業新聞社(2010)

4)         西海孝夫:絵とき「油圧」基礎のきそ,日刊工業新聞社(2012)

5)         西海孝夫,一柳隆義:演習で学ぶ「流体の力学」入門,秀和システム(2013)

6)         S. Konami, T. Nishiumi: Hydraulic Control Systems - Theory and Practice, World Scientific (2016)

7)         西海孝夫:油圧バルブのメカニズム,秀和システム(2020)

8)         西海孝夫:油圧ポンプとアクチュエータのメカニズム,秀和システム(2021)

9)         油研工業梶Fカタログ・技術資料

10)      カヤバ梶Fカタログ・技術資料

11)      NOK梶Fカタログ・技術資料

12)      理研機器梶Fカタログ・技術資料

13)      TAIYO梶Fカタログ・技術資料

 

著者紹介

にしうみ たかお 

西海 孝夫 君

1976年青山学院大学理工学部機械工学科卒業,1979年成蹊大学大学院工学研究科博士前期課程機械工学専攻修了,1983年成蹊大学助手,1992年防衛大学校助手,その後に講師,助教授を経て2007年同校教授, 2019年芝浦工業大学MJHEPプログラム機械工学科教授,現在University of Kuala LumpurJapan Universities ProgrammeUniKL JUP)にて芝浦工業大学非常勤講師として従事.日本フルードパワーシステム学会評議員,博士(工学).

E-mail: nishiumi(at)shibaura-it.ac.jp

 



(a)油圧バルブのメカニズム

(b)油圧ポンプとアクチュエータのメカニズム
図1 書籍の表紙7-8)

 


図2 油圧装置9)

図3 マルチプルコントロール弁10)

 


図4 2段形電気油圧サーボ弁9)

 


図5 ブラダ形アキュムレータ11)

 


図6 弁板を用いた単筒ピストンポンプの作動原理

 


図7 固定シリンダ形の斜板式アキシアルピストンポンプ12)

 


図8 電磁式2圧2容量制御方式のピストンポンプ9)

 


図9 テレスコープシリンダ13)

 


図10 ラジアルピストンモータ10)