資 料

 

機能性流体FPSのフロンティア展開に関する研究委員会*

 

中野 政身**

 

* 2024527日原稿受付

** SmartTECH Lab.980-8577宮城県仙台市青葉区片平2-1-1 東北大学産学連携先端材料研究開発センター内

 


1.本研究委員会の概要

ER(Electro-Rheological)流体,液晶,EHD(Electro-Hydro-Dynamic)流体・ECF(Electro-Conjugate-Fluids)MR(Magneto-Rheological)流体,磁性流体(Magnetic Fluid, Ferrofluid),磁気混合流体(Magnetic Compound Fluid: MCF)および機能性ソフトマテリアルなどは,電場や磁場などの外場に反応して流体の物理化学的性質が変化する機能性を示す機能性流体である.フルードパワーの分野において,機能性流体を活用したフルードパワーシステム(機能性流体FPS)が種々提案され,振動制御,車両,ロボティクス,MEMS,アクチュエータ等の分野等において研究開発および実用化の事例も見受けられる.このような機能性流体FPSは,スマート化,高性能化,小型化,高機能化,省エネルギー化,クリーン化,低振動・低騒音化,高い信頼性や安全性の確保など,フルードパワーシステムに特徴的な優位性を付与でき,その技術のブレークスルーを牽引するポテンシャルを有している.本研究委員会(委員長:中野政身,幹事:吉田和弘,副幹事:竹村研治郎,柿沼康弘,委員24名)は,車両,生産・加工,福祉・医療,土木・建築,航空宇宙などの種々の分野において機能性流体FPSのフロンティア展開を図ることを目的に,20224月に設置されました.その後,以下の重点3項目に関して,研究テーマの設定と実施,および研究成果発表を行なうなどして,活動を展開してきている.

(1) 新規機能性流体の創製・評価および高機能化,(2) 機能性流体を活用したバルブ,クラッチ,ブレーキ,ダンパ,アクチュエータ,ポンプ,センサなどの機能性流体要素技術のフロンティア研究開発と実用化,(3) 機能性流体FPSの構築と実用化に関するフロンティア展開.

2.2023年度の研究活動

本研究委員会の2年目である2023年度は,第4回から第6回の研究委員会を開催して,委員からの話題提供や外部への依頼講演などを実施して調査研究活動を展開して来ている.以下に,各回の研究委員会で講演があった研究成果のテーマとその概要等を列挙して研究活動の報告とする.

2.1 第4回研究委員会(2023915(), Zoomによるオンライン開催,18名参加)

(1) 永久磁石エラストマーの開発とその応用について(名古屋工業大学:井門康司 先生

 井門・岩本研究室の研究展開の全体像が紹介された後,永久磁石エラストマーに関する研究について解説された.シリコンゲルとネオジウムなどの硬質磁性材料を磁性微粒子として混合して着磁して製作される永久磁石エラストマーの基礎が説明された.磁性エラストマーと違い,磁化されているためにエラストマー自体が残留磁化を有していることが最大の特徴である.これにより,エラストマー単体で磁石としてのさまざまな応用が可能である.初めに製作した永久磁石エラストマーの種々の特性が説明された.特に変形に応じて磁束密度分布の変化など永久磁石エラストマー特有の特性が紹介され,永久磁石エラストマーを用いた振動発電の原理が説明された.これにより,バッテリーフリーでLED点灯,温度に関するワイヤレスセンサが可能であることを確認している.また,永久磁石エラストマーマイクロリッジの磁化特性や永久磁石サクションカップを用いたアクチュエータ,磁力計と組み合わせた触覚センサ,音響メタマテリアルなどの例も紹介された.

(2) 磁性粒子の合成・分散制御と磁気粘性効果(大阪大学:阿部浩也 委員

ご自身の研究室で作成してきた微粒子の全体像をご紹介いただいた後,磁性粒子を使った機能性流体が紹介された.モチベーションとしては機能性流体を用いて等温可逆的に弾性率が変化する硬軟材料(104108 Pa程度)が実現できないか?という問いであり,磁気粘性流体を利用して実現を目指している.そのための粒子合成,分散技術,MR評価,応用の各ステップが紹介された.粒子合成については,鉄粒子を作成するためにアークプラズマ法を,また酸化鉄粒子の場合には溶液合成法を使用してナノ粒子を合成している.鉄粒子は球形,酸化鉄(マグネタイト)粒子の場合は形状の制御が可能である.つぎに,作成したナノ粒子をオイルに分散させる技術(キャッピング剤,表面改質)が紹介された.これにより,従来のカルボニル鉄粒子と比べて分散性が高く,沈降しにくくなる.さらに磁性流体,MR流体が紹介された.Feナノ粒子は100 nm以上でないとMR効果は出ないことが説明され製作したFeナノ粒子分散MR流体の特性が説明された.最後に,分散粒子の小ささを活かして,微小ギャップでの利用が可能であるため,小型MR機器への応用が紹介された.

 (3) メッシュ電極型ECFポンプのメッシュの組み合わせと性能の関係と液中内流量計測法の提案(足利大学:桜井康雄 委員

CPUの強制液冷システムのために開発された,電界印加で噴流が生じる絶縁性の機能性流体ECFの相変換サイクルを利用した液浸冷却システムについて紹介された.これは,ECFを満たした密閉容器の底部にCPU,その上に下向きのメッシュ電極型ECFポンプを設置し,ECFの噴流と気化によりCPUから熱を奪取し,その気体を容器上部の金属平板で放熱により液化し循環させる構造である.メッシュ電極型ECFポンプの性能向上のため,2枚のメッシュ電極の穴部と格子点を対向させたタイプAと格子点同士を対向させたタイプBについて,空気中上方に噴き上げさせた噴流の高さから流量が計測され,低電圧駆動にはタイプB,高電圧でも高流量を得たいときにはタイプAが適していることなどが示された.つぎに,液中の流量の計測のため,噴流を当てる平板にはたらく力から運動量理論により流量を求める手法について紹介された.ダイアフラムポンプと流量計を用いた予備実験により提案手法の妥当性を確認した上で計測実験を行い明らかにされた流量特性が説明された.その後の研究成果は,2023年秋季フルードパワーシステム講演会で発表するとのことであった.

2.2 第5回研究委員会(2024122(), Zoomによるオンライン開催,16名参加)

(1) 電気流体力学(EHD)ポンプを用いた月面探査機用ヒートスイッチの検討(豊橋技術科学大学:西川原理仁 委員

 はじめに,これまでのEHD研究への取り組みが紹介された.イオンドラッグポンプ,コンダクションポンプ,誘電泳導気泡除去など広く取り組まれてきた.その中でEHDポンプを用いたヒートスイッチについて紹介がなされた.

対象は月面ローバーである.2週間ごとに昼夜(100-190℃)が変化する月面では,伝熱/断熱を制御するヒートスイッチが重要である.EHDポンプを利用することで,機械的可動部がなく,圧力損失や電力消費を抑えたLoop Heat Pipe (LHP)の過度の冷却を防ぐヒートスイッチが実現できる.目標の発生圧力は6 kPaである.はじめに,EHDを発現するIon-dragConductionOnsager効果からなるそれぞれのEHDポンプで発生する流れの特徴などが整理され,宇宙用途の寿命や信頼性などを考慮してConductionポンプでのヒートスイッチLHPを検討している.冷媒であるR134aを作動流体としていくつかの電極形状をCOMSOLでシミュレーションをした結果,ロッド-リング電極を選択して試作している.数mmオーダサイズの単段試作ポンプで6 kV印加時(30 mW)150 Pa程度の圧力が得られた.シミュレーションから得た電界,流速分布,ヘテロチャージ層の形状の印加電圧による変化などが示された.6対の直列化によって10 kPaの圧力発生を目標に多段EHDポンプを新たに設計・製作し,実機で11 kV印加時(160 mW程度の電力)10 kPaを達成している.製作したEHDポンプはLHPのヒートスイッチとして作動して,30mW以下の電力消費で23 kPaの加圧によってLHPの運転を停止することができることが示された.

(2) 流動性および安定性に優れるMR流体の開発(コスモ石油ルブリカンツ:神田信 委員

はじめにコスモ石油ルブリカンツが扱う製品について説明があった.続いて,MR流体の研究開発に関する紹介があった.MR流体の要求性能の中でも,沈降安定性と磁場無印加時の流動性はトレードオフの関係である.沈降安定剤として,ヒュームドシリカを用いて検討した.親水性シリカを表面処理して疎水性を担保し,6種のヒュームドシリカを準備して性能比較している.疎水化度はジメチルシリコーンが,シラノール基濃度はジメチルシリルがもっとも高いことを明らかにしている.TEM観測により,オクチルシリルやジメチルシリルで高い分散性が確認された.これらを用いてMR流体を製造し,レオロジー測定によるMR効果および諸特性について評価している.親水性である未処理のヒュームドシリカを添加した場合,シラノール基と鉄粉の相互作用が生じ,MR流体のふるまいが大きく変化した.ジメチルシリルを添加したMR流体は,油分離率が低く,沈降安定性に優れていた.磁気特性は,未処理のヒュームドシリカを添加した場合のみ低下した.諸性能のバランスがもっともよいのは,粒子径12 nmのジメチルシリルを添加したMR流体であった.凝集を防ぐ分散材としてオレイン酸の濃度の影響を評価し,濃度の増加に伴い無磁場時のせん断粘度が高まり,磁気特性も低下することがわかった.以上の結果に基づき,幅広い温度で流動性を保ち,磁気特性に優れ,室温/高温時ともに沈降安定性の高い,加熱時の柔軟性を維持可能なMR流体の開発に成功している.

(3) 産学連携研究が導く工作機械技術の進化と深化(慶應義塾大学:柿沼康弘 副幹事

はじめに,ドイツの生産技術研究所における産学連携の取り組み方や組織体制について紹介があった.また,日本における産学連携の必要性についても説明があった.つぎに,産学連携研究として外乱オブザーバ研究ならびに金属3Dプリンタに関する取り組みについて講演があった.あらゆる工作機械にプロセスを監視する機能を持たせることを目的に,付加的なセンサなしにモータ電流と角度/位置から切削力を推定する技術を開発している.これを応用することで,2本の工具で旋削するパラレルターニングにおいて,びびり振動を能動的に抑制する制御技術(推定切削力の情報を基にリアルタイムにピッチ角を制御する不等ピッチターニング技術)の開発に成功している.金属3Dプリンタの一つである指向性エネルギー堆積法では積層造形物内部に生じる空孔が問題となる.この発生メカニズムを解明するために,高速度カメラと2色温度計測に基づくプロセスの可視化ならびに造形物の断面観察による空孔評価を行っている.溶融−凝固時間と空孔の発生状況とを比較することで,空孔の発生は,シールド切れにより溶融部が大気と触れ,その部分に酸化膜や窒化膜が生じた後,これが再溶融することでガス化して空孔が発生する可能性を明らかにしている.

2.3 第6回研究委員会(2024329(), Zoomによるオンライン開催,15名参加)

(1) 高流動性ドライMR流体を活用した車両用ブレーキの開発と小型EVへの実装SmartTECH Lab.:中野政身 委員長

従来のディスクブレーキは摩耗粉の発生,静音性,応答性が低いといった問題がある.それに対して,MRブレーキは摩耗粉が生じず,静音性,制御性に優れている.オイル系のMR流体ブレーキをコンパクトEVに搭載して性能を評価した結果,2 Aの電流で180 Nmの制動トルクが得られ,要求性能を満たすことが紹介された.印加磁場に対する制動力の立ち上がりの応答性は37 ms,立下りの応答性は18 msと高いことも確認している.また,ブレーキペダル角度に応じて制動トルクを変更することで踏み心地を調整できる機能やABSの性能についても紹介があった.一方で,低初期粘度,広い使用温度範囲,より高い応答性,分散粒子沈降回避を可能にする必要がある.そこで分散媒をガスにしたドライMR流体を提案している.マイクロサイズのCI粒子にナノサイズのSiO2TiO2をコーティングしたドライMR流体を開発したところ,TiO2をコーティングしたドライMR流体では,充填時の粒子体積分率がより高められ,MR効果が著しく向上することが示された.このドライMR流体を用いたブレーキはオイル系MR流体に比べ高い制動トルクが発生し,そのレスポンスは1020 msと一層高められることが提示された.また,-50160 ℃の過酷な環境でも使用できるとの説明があった.

(2) 電界共役流体を用いたソフトロボティクスと高度化に向けた周辺技術慶應義塾大学:竹村研治郎 副幹事

まず,ソフトロボット,細胞操作,触感を中心として研究展開している旨の説明があり,電界印加でジェット流が生じるECF(電界共役流体)を応用した7自由度ハンド,人工筋セル,尺取り虫ロボットなどのソフトロボットの研究開発事例が紹介された.つぎに,実用的なソフトロボットにはセンシングと制御が重要であることが指摘され,柔軟な2本の平行な光導波路のコアを断面上部で接続した半分割形光導波路を用いた新しいセンサが紹介された.本センサは,伸長,部分的な接触,およびねじりを,光導波路の変形により全反射が崩れ生じる光量変化から検出するマルチモーダルセンサである.本センサを3Dプリンタで製作し,センシング実験を行い,その有効性が示された.また,本センサをソフトフィンガに組み込み,2室の空気圧と2個の光出力を入力とした機械学習を行った結果,動的にも正確なセンシング性能が実現された.最後に,ECFポンプの三角柱−スリット電極対の三角柱を2個に分割し,逆流の低減を図った電極対が提案され,その有効性の一部がシミュレーションおよび実験により示された.

3.設置期間の1年間の延長

本研究委員会は,2024331日をもって2年間の設置期間が満了しましたが,現在,機能性流体FPSのフロンティア展開とその実用化の試みが緒についたばかりであり,機能性流体を活用したFPSに関する研究開発のフロンティア的展開が多方面で活発に行われていること,そして実用化・製品化を指向した研究開発も展開されていることなどを鑑み,本研究委員会をさらに継続して本分野の更なる研究・開発展開を強力に推進するために,設置期間を更に1年間延長して20253月末日までとすることが学会から承認されました.これまで,コロナ禍のために主にオンラインでの研究委員会の開催を行ってきたが,新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行したこともあり,今後対面での開催を予定している.

 

著者紹介

なかの  まさみ

中野 政身

1982年早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程修了,工学博士.1981年早稲田大学助手,1982年山形大学助手,助教授を経て,1997年同教授,2008年東北大学教授流体科学研究所,2018年同教授未来科学技術共同研究センター,2023SmartTECH Lab.代表取締役社長兼CEO. 機能性流体,流体関連振動・騒音,振動制御などに関わるスマート流体制御システム工学に従事.日本フルードパワーシステム学会(名誉員),日本機械学会(フェロー),自動車技術会,日本工学アカデミーなどの会員.JABEEフェロー.

E-mail: mnakano(at)smarttech-lab.com

URL: http://masc.tohoku.ac.jp/project/smarttech-lab.html