解 説

 

2024年度学術論文賞を受賞して*

 

矢内 柊平**

 

* 2025616日原稿受付

**コマツ(前,東京工業大学),〒573-1011大阪府枚方市上野3-1-1

 


1.はじめに

 この度は,2024年度日本フルードパワーシステム学会学術論文賞という大変名誉ある賞をいただき,誠に光栄であるとともに,選出いただいたことに感謝を申し上げる.受賞をいただいた論文は,本稿の著者が東京工業大学(現,東京科学大学)博士後期課程の在学中に実施した研究の一部をまとめたものである.この論文を執筆するにあたり,懇切丁寧な指導をしていただいた東京科学大学の田中真二特任准教授,京極啓史名誉教授,菊池雅男特任教授ならびにコマツの山本浩氏,また実験の際,熱心に協力していただいた当時東京工業大学大学院生の藤井智哉氏に深く感謝申し上げる.

 本稿では,受賞論文となった「斜軸式アキシアルピストンモータにおけるピストンリングのシール特性と合口部からの漏れ流量予測1)」について,その概要を紹介させていただく.

2.背景

 斜軸式アキシアルピストンモータ(以下,斜軸式油圧モータ)は,油圧を回転運動に変換する機構を有し,建設機械の走行モータなどに使用される.省エネ化の需要から,斜軸式油圧モータにはさらなる効率向上が求められている.高効率化の手段の一つとして,シール部からの作動油漏れを低減する方法が挙げられる.本研究で対象としたテーパピストン型の斜軸式油圧モータでは,ピストン・シリンダブロック(CB)間の漏れを低減するために,ピストンリングが装着されている.このピストンリングのシール性能を最大化し、漏れを低減することにより効率向上が期待できる.しかしながら,ピストン・CB間の摺動軸受部である小球部は,ピストンリングから漏れた油により潤滑されているため,過剰な漏れの抑制は小球部における摩擦損失や摩耗の増大を引き起こすことが推定される.したがって,ピストンリングには効率を最大化する漏れ流量があると推測され,最適な設計が求められるが,ピストンリングによるシールのメカニズムやその効果については経験的な理解が多く,理論的な設計ができていない.

 本論文では斜軸式油圧モータのピストンリングについて基礎的な知見を得ることを目的として,斜軸式油圧モータのピストンリングについて,要素試験機を用いたシール機構の可視化による解明と漏れ流量の計測を通じて,ピストンリングの配置がシール特性に及ぼす影響を明らかにしている.さらに流体構造連成解析によってこれらの結果を検証している.最後にピストンリングの合口部を簡易モデルで近似し,当該部からの漏れ流量を推定している.

3.ピストンリングの挙動、漏れ流量の計測

 開発した要素試験機の外観およびピストンリングを含む供試品部の概略図を図1に示す.供試品は本研究のために製作した小球部とピストンリング溝部が一体となった部品に,ピストンリングを二つ装着し,試験機のシャフト先端部に固定した.供試品部にはシャフト内部に加工した油路を通して,油圧ポンプからの高圧油を供給した.また,シリンダにサファイアガラスを採用することで,ピストンリングの挙動を直接観察し,ピストンリングのシールメカニズムを明らかにした.ピストンリングの挙動については,ピストンリング溝内におけるピストン軸方向の動き,ピストンリング合口部の開き量,ピストンリング表面の油膜厚さの変化の観察および計測を行った.ピストンリング表面の油膜厚さについては蛍光法を用いて,その変化の定性的な計測を行った.供試品に油圧を供給した際の挙動から考察したピストンリングのシールメカニズムについて図2に示す.まず,ピストンリングは油圧によって下流側の溝壁面に押し付けられる.次に,ピストンリングの背面に高圧油が流れ込み,ピストンリング表面との圧力差によって広がったピストンリングがシリンダボア壁面と接触することで作動油をシールする.

 続いて,ピストンリングのシール性能を評価するため,要素試験機を用いた漏れ流量の計測を行った.漏れ流量の計測は,供試品部につながる油路配管に超音波式の流量センサを取り付け,100mL供給するまでの時間から一分間当たりの流量を算出した.表1[HT1] [HT2] に計測条件を示す.計測では供給圧力による影響と装着するピストンリング溝の違いによるシール性能の違いを評価するため,ピストンリングの数と配置を変えて試験を行った.計測結果を図3に示す.ピストンリングの漏れ流量は圧力が高いほど多く,ピストンリング数が増えるほど漏れ流量が少ない.また,ピストンリングを装着しない場合と比較して,ピストンリングが二つでは平均92%,ピストンリングが一つでは平均88%の漏れ流量の低減効果があった.さらに,ピストンリングが一つの場合は,下流側のみ装着した方が漏れ流量は多くなることがわかった.

4.流体構造連成解析による計測結果の検証と合口部からの漏れ流量予測

 要素試験機にて明らかにしたピストンリングのシール性能について,流体構造連成解析(FSI: Fluid-Structure Interaction)を用いた検証を行った.FSIは,ピストンリング挙動の構造解析とピストン・CB間を流れる作動油の流体解析を同時に行い,構造物に流体の力を作用させる解析ができる.解析では図4に示すように,二次元断面モデルを用いて構築し,簡単のためピストンリングは下流側壁面に常に接触し,シリンダボア壁面に対し垂直な方向のみ変位すると仮定した.解析は要素試験機での漏れ流量の計測と同じ表1に示す条件で行った.図5FSIによるピストンリングの漏れ流量の解析結果を示す.漏れ流量の解析結果は圧力やピストンリング数に対し,要素試験機での計測結果と同様な傾向であったが,ピストンリングが一つの場合における装着する溝による違いは生じなかった.この原因として,FSIでは二次元モデルとしたことにより,ピストンリング合口部からの漏れ流量の違いが含まれていないためと考察した.

 続いて,合口部からの漏れ流量の推定するために,図6に示す解析モデルを用意した.合口部の流れは複雑であると推定されるが,流路を直方体とする単純形状にモデル化した.流路長さをピストンリングの幅,流路幅を合口部の隙間,流路高さをピストンリング溝と接触する位置における半径隙間として仮定した.流路の両端にFSIで得られた各ピストンリング前後の圧力降下量に相当する圧力を境界条件として設定した.図7に合口部からの漏れ流量とFSIで得られた総漏れ流量に対する割合を示す.上流側のピストンリングよりも,下流側のピストンリングの方が合口部の流量が多く,これは供試品の部品形状から流路高さが異なるためであり,この漏れ流量の違いがピストンリングの配置によるシール性能の違いとなったと推測される.また,合口部からの漏れ流量の割合は上流側で28%,下流側で45%であり,合口部はわずかな隙間であるが多くの漏れ流量が生じていることが推定された.

5.おわりに

 斜軸式油圧モータのピストンリングについて,要素試験機を用いた挙動と漏れ流量の計測および,FSIによる検証を行い,ピストンリングのシールメカニズムとシール性能について明らかにした.さらに,合口部からの漏れ流量を簡易モデルによる予測を行い,わずかな隙間の合口部から多くの漏れが生じており,ピストンリングのシール性能に影響を与えることが推定された.今後はより実機に近い状態での計測および解析技術の構築や合口部からの漏れが小球部の潤滑状態に与える影響を評価し,漏れと潤滑を最適化するピストンリングの設計手法を確立したいと考えている

参考文献

1)    矢内柊平,藤井智哉,京極啓史,山本浩,菊池雅男,田中真二:斜軸式アキシアルピストンモータにおけるピストンリングのシール特性と合口部からの漏れ流量予測,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.54No.1p.1-9 (2023)

 

 

著者紹介

やない しゅうへい

矢内 柊平 君

2023年コマツ入社.2025年東京科学大学工学院機械系機械コース博士後期課程修了,現在に至る.油圧ポンプの効率向上,キャビテーションに関する業務に従事.日本フルードパワーシステム学会,自動車技術会の会員.博士(工学).

E-mail: shuhei_yanai(at)global.komatsu

 

 



図1 要素試験機外観(左)と供試品部概略図(右)

 


図2 ピストンリングのシールメカニズム

図3 ピストンリングの漏れ流量の計測結果

 

表1 漏れ流量の計測および解析条件

 


図4 流体構造連成解析の解析モデル

 


図5 ピストンリングの漏れ流量の解析結果

図6 ピストンリング合口部の解析モデル

 


図7 合口部からの漏れ流量と総漏れ流量に対する割合