1.はじめに
この度,(一社)日本フルードパワーシステム学会より2025年度技術功労賞という名誉ある賞をいただき,当学会,推薦いただいた方々,また長年フルードパワー技術の分野に携わらせていただいたカヤバ(株)をはじめ多くの関係者に心より感謝申し上げます.
学会からの受賞のお知らせには,「多年フルードパワー分野の技術に携わられ,その間数々の技術的改良を行うなどして当該技術の向上に貢献された」とある.技術功労賞として相応しいかどうか不明であり,かつ技術の世界から離れて10年近くも経過しているが,研究・開発・設計部門と一貫して技術畑を歩いてきた自身の経験をお伝えすることで,フルートパワーに携わる方々の一助となれれば幸いである.
2.フルードパワーとの出会い
フルードパワーと初めて出会ったのは博士前期課程へ進学し,修士論文のための研究テーマが決定した時だったと記憶している.「カートリッジ型ロジック弁の切換特性」というテーマで(ロジック弁とはonとoffしかない作動形態から呼ばれている名称で,ポペット弁は形状から呼ばれている名称であり,呼び方が違うだけである),研究成果は日本油空圧学会(日本フルードパワーシステム学会の前身)へ投稿し論文として掲載された1)2).更にこの研究テーマは油圧機器メーカーのカヤバ工業株式会社(現カヤバ株式会社)からの委託研究であったため,最終的には入社も勧められことから,フルードパワーの技術者になると言う高い志もないまま飛び込んだ.
3.研究部門において
入社し配属されたのは技術研究所(現 先進技術研究所)で,バブル経済の影響もあったと思われるが学位を修得せよとの指示を会社からいただき,入社2年目に再び出身大学の博士後期課程へ入学して週の半分を大学,残り半分を出社という生活がスタートした.前述の通り博士前期課程ではポペット弁の切換特性を研究テーマとしたが,博士後期課程ではポペット弁回りの流れ解析を研究テーマとした.
当時,流れに関する数値解析はまだまだ発展段階で差分法が主流であったが,有限要素法や境界要素法が流れ解析に適用され始めた時代でもあった.また翼まわりや自動車まわりなどの外部流れに対し,内部流れとなる油圧機器内の数値解析例は比較的少ない時代であった.さらに流れの数値解析を行う商業用ソフトはなく,FORTRANを用いて自分たちでプログラミングする時代でもあった.
流れ場を数値解析することは重要であるが,解析結果を用いて圧力や流体力を算出することが工学的・工業的に重要なことである.流れ場の数値解析結果をもとにナビエ・ストークスの運動方程式をある経路に沿って積分すれば圧力が算出できるが,個体壁近傍での渦度の急激な変化に起因する誤差等により満足な結果を得ることができなかった.そこで本研究では,流線とそれに直交する曲線を座標軸(流線座標)として ナビエ・ストークスの運動方程式を記述し,これを積分する経路を流れに垂直方向の渦度の勾配の値(閾値)に応じて決定して算出した.これにより円柱座標で算出するよりも,流線座標を適用することでより正確に圧力分布を算出できることを示し3),学位を修得することができた.
学位修得後は,技術研究所にて油圧機器の性能向上に関する研究業務を行った.油圧ポンプ・モーターの弁板をガラスやアクリル樹脂で製作しケーシングにも窓を取り付けて,シリンダブロックのピストン室が低圧から高圧へ接続する際のキャビテーションを伴った噴流を高速度カメラで可視化したり,油圧ポンプの内部部品がどのような挙動をしているか種々のセンサーを取り付けて計測を行うなど,性能向上に関する研究業務に従事した.シリンダブロック内の圧力変化,各部品の姿勢と漏れ,部品同士の摺動による損失など油圧ポンプを丸ごとシミュレーションできないかと日々考えていた記憶があるが,完成することもなく開発部門への異動となった.自分でプログラミングして得た解析結果と自分で行った実験結果とを比較する研究部門での業務を通じて,解析結果や計測結果を見る力を養うことができたと考えている.
4.開発部門において
開発部門では,もっぱらロードセンシング(以下LS)ポンプの開発に携わった.最初はコンクリートミキサー車用のLSポンプであった.弊社は熊谷工場にてコンクリートミキサー車を生産している.エンジンPTO軸からの動力で油圧ポンプを駆動し,それを油圧モータへ供給することで減速機を介して接続されているドラムを回転させる.これまでは油圧閉回路で駆動されており,ドラムの正転・逆転は,コンクリートミキサー車のドライバーが操作レバーとリンク接続されたポンプ斜板を直接操作することで得られる.そのため操作力が重いこと,斜板傾角ゼロ(ドラムの停止)が理論上1点しかないこと等に改善余地があるとされていた.これに対し、図1に示す方向切換弁とLSポンプを一体化したコンクリートミキサー車用のポンプユニットを開発した.ドライバーは操作レバーとリンク接続された方向切換弁を操作するのみのため操作力は大きく軽減され,また方向切換弁によりドラム停止が容易になった.さらに方向切換弁を所定の開度で固定して走行することで,エンジン回転数が上昇してもLS制御により常に一定のドラム回転数とするこができた.一方で,ドラム回転の起動や停止時のショックが大きいとの指摘を受けた.斜板を動かすスピードと方向切換弁を動かすスピードとでは後者の方が圧倒的に早いために起こるものと考え,方向切換弁スプール端の圧力をストローク途中まで閉じ込むことで反力を発生させるなど,種々の方法を組合せて何とか合格となった.
次に携わったのがミニショベル用LSシステムであった.2000年頃,オーピンセンターシステムが主流で国内のミニショベルメーカーでは1社のみがLSシステムを採用していた.ミニショベルのレンタル比率が高まるなか,あるメーカーがLSシステムを標準システムとして採用することとなり,ポンプ開発を担当した.ミニショベル用のポンプは初めてのことであり,右も左もわからないまま進めた.最初に問題となったのが馬力制御(トルク一定制御)で,エンジンストールを避けるため,吐出圧力の上昇に伴い斜板傾角を減少させポンプ駆動トルクをほぼ一定とする制御である(図2).当初は,コスト優先を考え,弊社オープンセターシステム用ポンプで採用されている斜板傾転モーメント(斜板傾角を大きくしようとするモーメント)とポンプ吐出圧を導いた制御ピンによるモーメントを対抗させる制御方式としていた.しかしながら斜板傾転モーメントは運転状態の影響を受け,回転数が低いほど大きくなる.吐出圧を導いた制御ピンによるモーメントとは,回転数が低いとより大きな斜板傾角でバランスし,ポンプ駆動トルクが大きくなり最悪はエンジンストールしてしまう.斜板傾転モーメントはピストン上下死点近傍におけるシリンダブロック内圧力の変化に依存する.圧力変化は弁板の設計でコントロールするが,全回転域で斜板傾転モーメントをほぼ一定にすることは不可能と思われ,たとえ一定にできたとしてもシリンダブロック内圧力の閉じ込み(騒音に直結)や容積効率の低下など,大きな副作用が予想される.
2次試作からは馬力制御にフィードバック制御を採用し,制御用バルブ(図3の馬力制御バルブ)を追加して対応した.これによりコストは増加するものの弁板設計の自由度は確保できた.この開発で量産間際に問題となったのが高油温時(80℃以上)の異音であった.ミニショベル実車で油温を上昇させ旋回すべくレバーを操作すると「ビッ」というビビリ音のような異音が聞こえ問題となった.量産開始間近のため,原因追求よりは異音を消す対処を優先し,最終的には馬力制御バルブのスプールランドにテーパ角部分を追加する(急激なバルブ開口を避ける)ことで異音は解消できた.試作途中で追加した馬力制御バルブにここでも助けられ,なんとか量産が開始された.量産直前でのトラブルが理由かどうかは不明であるが,自分が開発したポンプは自分で面倒を見ろということで設計部門へ異動となった.
5.設計部門において
設計部門でも引き続きミニショベル用ポンプ(オープンセンター,LSの両システム用)を担当した.これまでは開発業務のみであったが,設計部門では開発業務に加えコスト低減はもとより品質維持・向上,生産ライン対応など色々な設計業務を経験させていただいた.なかでも,お客様との技術交流会やプレゼンテーションなど拡販活動に積極的に取り組んだ.
2000年代は中国がミニショベルの開発を始めた時期であり,これと重なってオープンセンターシステム用ポンプの試作納入と実車試験を繰り返した.また国内のショベルメーカーだけでなく欧米のショベルメーカーへも積極的にLSシステムの提案を行った.これらの活動の結果,国内外ともLSシステムを採用するメーカーが徐々に増え,当初は1機種で企画台数50台/月からスタートしたLSポンプは3機種のラインナップで数百台/月の生産へと増加した.
もちろん何も問題がなかったわけではなく,数々の問題が発生した.なかでも印象に残っているのは,試作時の実車耐久試験で斜板を支える樹脂ベアリング(円筒のベアリングから切り出したブッシュと称する部品,図4)の表面が摩耗したこと,量産開始から1年経過した頃に突然ピストンとシリンダブロックとが焼き付いたことである.ピストン焼き付きは,生産ラインで機体が完成し保管場所への移動する時,保管場所からコンテナへ積込むとき,仕向け地でコンテナから降ろす時などの極初期に発生し,大きな問題となった.種々の調査を実施し,ブッシュ摩耗はわずかに白色に変色した部分が表面にあったため、ナノメートルスケールで微細構造観察や表面解析が可能なFE-SEM(Field Emission
Scanning Electron Microscope)で観察したところ,図5に示すような作動油の添加剤(Zn,Sなど)に由来する非常に小さな粒子(1μm程度のフリクションポリマー)が確認され原因と判明した.ピストン焼き付きは,量産開始後からの変更点・変化点を徹底的に調べ,ショベルメーカーが充填する作動油が銘柄は変わっていないものの亜鉛系から非亜鉛系に変更されていることが判明した.作動油を入手して再現試験を実施したところ,実機での発生率約3%のピストン焼き付きがベンチ試験でも再現でき,作動油の変更点が原因と判断された.量産を続けていると,思いもよらないことが時に発生し,それを解決してくことが新たなノウハウとなり,それらがテストコードや設計指針などの技術力に変わっていくことを学んだ.
6.おわりに
フルードパワーの技術者になると言う高い志もないまま就職し,何も知らないままLSポンプを担当し,開発設計を15年以上続けてこれたのは,モノづくりが苦労は多いものの楽しかったこと,一人で行うのではなくお客様や社内の関係者と協力して業務遂行ができたこと等と考える.今回受賞させていただいたことで,これまでの自身を振り返ることができたことに感謝申し上げるとともに,今後とも当学会ならびにフルードパワーシステムのますますの発展を祈念したい.
参考文献
1) 池尾茂,伊藤和巳,高橋浩爾,三浦隆二,神田国夫:カートリッジ型ロジック弁の切替特性(第1報,主弁設計パラメータの影響),油圧と空気圧,Vol.21,No.3,p.102-108 (1990)
2) 伊藤和巳,池尾茂,高橋浩爾,三浦隆二,神田国夫:カートリッジ型ロジック弁の切替特性(第2報,パイロット回路の改良),油圧と空気圧,Vol.21,No.3,p.109-115 (1990)
3) 伊藤和巳,高橋浩爾,井上淳:ポペット弁まわりの流れ(流線座標を用いた圧力分布の一計算手法),日本機械学会論文集(B編),57巻539号, p.59-66 (1991)
著者紹介
いとう かずみ
伊藤 和巳 君
1987年上智大学理工学研究科機械工学専攻博士前期課程修了.同年カヤバ工業(現カヤバ)株式会社入社.1991年上智大学理工学研究科機械工学専攻博士後期課程修了.油圧機器の解析およびロードセンシングポンプの開発設計に従事.現在ESG本部サステナビリティ企画部に所属.
日本フルードパワーシステム学会員・フェロー.博士(工学).
E-mail: itou-kazu@kyb.co.jp

図1 コンクリートミキサー車用ポンプユニット


図2 馬力制御(トルク一定制御)特性例 図3 ミニショベル用LSポンプ回路図


図4 フランジケースに溶着されたブッシュ 図5 添加剤由来の微小粒子